フェルディナント・フォン・シェーラッハ『犯罪』

August 15, 2011 Posted by
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犯罪

なんかやたら評判がいいので読んでみたけど、たしかにこれはおすすめ。

どこかしら異常な所がある犯罪にまつわる11編の作品を収録した短篇集。その犯罪というのが、ごく普通の人があるきっかけで人を殺してしまったことだったり、チンピラが外国人の邸宅から奪った茶盌であったり。タイトルは犯罪で物語も犯罪に関わるが、いわゆるミステリではない。普通の文学というか、犯罪を通じて人生が浮き彫りにされる。

とはいえ、こういう話にありがちな湿っぽさは皆無だ。泣けるような話はないし、登場人物も不思議に落ち着いている。弁護士でもあるという著者は、実在の事件をベースにして書いたという物語を、簡潔な文章で淡々と描いている。個人的には、『ヒミズ』などの古谷実の作品を連想したけど、どうかなあ。ただ古谷実は視点人物が当事者であることから生じる湿っぽさというか情動があるが、主人公が弁護士として物語に関わる本書はいっそう突き放されたような感じがある。だが、そうした「湿っぽさ」が排されているからといって、冷徹に物語が描かれるわけではない。丁寧に観察して描写することによって、行間からにじみ出るようなものがあるのだ。

しかし、そのにじみ出てくるものとは何か? 少なくとも人間や人生を賛美するようなものではない。だが、それらを無意味とみなすような虚無感でもない。ただ、そういう物語がある、そういう人生があるというだけなのだ。だが読者はそこに何かを見出さざるをえない。それを、例えば哀切といったような言葉でまとめることは出来るのかもしれないが、そういう一言では掬いきれないものがあるような気がする。

どれも良かったが、個人的な好みとしては、嫌疑をかけられた兄のために一世一代の弁論の行う「ハリネズミ」、羊の目に怯えてくり抜く行動を取るようになった御曹司の物語「緑」、長年連れ添った老医師が妻を殺す「フェーナー氏」あたりがベスト。

東京創元社と訳者の酒寄進一、ドイツ文学という組み合わせだと、フレドゥン・キアンプール『この世の涯てまで、よろしく』(→byflowでの感想)というのがあったけど、こちらもなかなか良かった。何かあるのでしょうか。

Seven Levy “In the Plex”

August 13, 2011 Posted by
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In The Plex: How Google Thinks, Works, and Shapes Our Lives

『ハッカーズ』などで有名なスティーブン・レビーの書いた Google の本。ちゃんと発売日に買っていたのだけど、かなりのボリュームがあり、他の本に浮気したりしつつちびちびと読み進めたのもあってようやく読了した。

Google の本は世の中にゴマンとあるが、PR記事でもなく伝説的でもなく、取材を通して包括的に語った本は珍しい。スティーブン・レビーさすがという感じ。ついでに、著者本人がその場にいて聞いていたかのような妙に臨場感があり、面白げな話題にも事欠かない(個人的に印象に残るシーンは “Files are so 1990″ というシーンかな)。実際、TGIF や、search quality の launch meeting を見学したことがあるというレビーの語り口は、妙に自信にあふれている。真偽のほどについてはけっこう怪しい気もするが……。

欠点としては、この本は「Googleを形作った人たち」の列伝であり、したがって各論はあるものの全体を通す一本の線がないところかもしれない。個々のエピソードは面白いのだが、群盲象を撫でるの感はあり、副題にあるような How Google Shapes Our Lives のような大きなテーマをこの本で扱えているとは思えない。

だけど、ここまでいろんなテーマをカバーできたら充分だろう。 Google といえば Larry Page と Sergey Brin の会社、検索の会社、そういったイメージはいまだに強いが、例えば検索の話題一つをとっても、ページランクが出てきておしまいというわけではない。AltaVistaに売り込んでみた話、同時期に同じようにページランクに似たアイデアを抱いていた人たちのエピソード、Google創業までの話、検索品質の向上の話など多面的な話題が、Craig Silverstein、Urs Holzle、Jeff Dean、Amit Singhal、Udi Manberなど、そうそうたる顔ぶれと共に語られる。広告、クラウドコンピューティング、ChromeOS、Androidといった話題のそれぞれについても同じように、実に様々な人材を揃えながら多面的に語られている。

ところで、本の構成には若干疑問がある。検索や広告など技術的な話題にひと通り触れたあとで中国との関わりや政府との関係、訴訟などについて述べ、エピローグで Facebook や Bing が脅威になっているといったことを紹介する構成なので、読み終えた直後の読後感はあとの方の印象が強くなってしまう。まあ、そうは言ってもテクノロジーやイノベーションのパートを先に読みたいだろうから、難しいだろうけどねえ。

きっとそのうち訳されると思います。

Unisonの論文

August 7, 2011 Posted by

Unisonの人の論文。Unisonてのはファイルとディレクトリ構造の同期を行うツールで、この論文はUnisonの定式化を行うというもの。
http://www.cis.upenn.edu/~bcpierce/papers/unisonspec.pdf

まずは関連研究との比較でこれが結構面白い。言うまでもなく、同期に関する既存研究はいっぱいある。だがほとんどのツールではoperationalな意味論から同期を定義している、ってのがこの論文の指摘。operationalというのは、ファイルを編集したとか、移動したとか、作ったとか消したとか、そういうファイルシステム上のオペレーションがわかっていて、それをどう順序付けるかというもの。だけどUnisonではこのアプローチを採用しない、というかできない。

なぜか。Unisonが独特なのは、複数の動作環境をはじめから念頭に置いていることと、ユーザレベルのプログラムとして動作すること。例えばファイルシステムの機能として組み込むことなく、ユーザが適当に起動して同期することを目指す。したがってポータビリティは高いが(WindowsとLinuxの間での同期とかもできる)、ファイルシステムの内部構造に深く根ざした処理は行えない。つまり、operationalな意味論は適用できない。ユーザがツールを起動した時点でわかるのはその時点でのファイルシステムの中身だけで、あとはせいぜい前に実行したときに保存してたデータぐらいしかない。そこで、最後に同期したときのツリーの中身と、その時点でのふたつのツリーの中身だけから可能な限りの同期を目指す。どうするか、という問題設定なわけだ。

4章でファイルシステムツリーの概要、5章でマージとコンフリクトの形式的な定義が説明されている。てことでここがこの論文の核心部だけど、ここはくだくだと説明するのは厄介ですね。まあ割と直感的な定義です。6章で、5章の形式的な定義から言えることが書いてあって、まあなんにもしないってのも同期のひとつだよねとか、最大限同期するとすると、同期のとり方はひとつに定まるよねとか、そういうことが説明されている(最大限の同期が存在してただひとつに定まるというのは、同期するときにはとても大事な性質だと思うので、この証明は大事。まあproof sketchしか書いてないんですが……)。

7章は、6章までの形式的な定義をOCamlの参照実装として作りましたという話で、まあ普通。説明はかなり簡略で、詳しい説明は付録の方に書いてある感じ。しかも、どうやってOCamlの実装が形式的定義にきちんと従っているかの確認は、頑張りましたというぐらいだし……。

8章が面白い。7章は抽象的なツリーに対する同期の参照実装なので、実世界で動作する本物のUnisonとはかなり違う。Fully specifying and verifying a real-world system program of Unison’s size and complexity—i.e., proving that the actual codebase meets its specification—would be a superhuman task.だそうです。で、どういう所がいかに難しいかをくだくだと説明しています。たとえば、参照実装は関数的で、例えば前のファイルシステムの中身が完璧にわかるし、後までずっと参照できるし、新しいツリーは元のツリーと無関係に構築できるけど、現実的にはin-placeにツリーを書き換えるしかないとか、そういう感じのことね。

9章はメタデータの扱い。ファイルは中身だけじゃなくてパーミッションとかいろいろあるよねと。いろんなやり方があるけど、ディレクトリの子要素としてファイルがあるみたいに、「パーミッション」のようなメタデータ用の特別なパス名があることにしてファイルの子ノードにメタデータを持ってくると、ツリーの同期として等価に扱えるよねとかそういうことが書いてある。ただ参照実装はそんな風にはなってないので、たぶん後で思いついたのかもね。

最後の11章は将来の方向性で、いろんなことが書いてあるけど、個人的に面白かったのはHarmonyというやつで、ファイルシステム以外の、XMLみたいな構造データも変更操作できるよね……という。

個人的には、こういうのの形式的定義とかって半分自己満足みたいなもんかなと思うけど、既存研究との差異がきちんとあって、Unisonのデザインの指針がきちんとあった上での形式化をしてて、modeling gapがちゃんと書いてあるあたりはなかなか面白いなあと思いました。

映画『スーパー!』

August 7, 2011 Posted by
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公式サイト

妻に去られた冴えない男が、キリスト教ガチガチのチャンネルでやってたスーパーヒーローの番組を見ているうちに突然の啓示を受け、犯罪と戦うヒーロー、クリムゾンボルトを名乗って悪人(?)と戦いはじめる……というあらすじで、『キック・アス』などの素人ヒーローものの延長線上にある作品と言えるが、色んな意味で極まっていて、凄まじい。

極まっているうちの一つが暴力表現。暴力表現は過激で、遠慮会釈なく血が飛び、(クリムゾンボルトの主武器の)レンチで人間の頭をぶん殴れば頭蓋陥没するというところを描いている。クリムゾンボルトの頓珍漢な活躍シーンは基本は可笑しいのだけど、その過激な行動をきちんと過激に描いていて、なんともヤバそうげ。映画の列に横入りした人をレンチでぶん殴るシーンはドン引きすること必至。

途中で勝手に加わるエレン・ペイジ演じるサイドキックも奇矯な言動で不穏さに拍車をかける。これが極まっていきラストの展開と戦いにつながるという展開は、確かに見事というべきでしょう。

ただまあ、『キック・アス』などと比べると、笑いが少なく、他人にお勧めできる度はかなり下がっている作品であるのは確か。まあ、好きな人は見ればいいのでは、と思いました。あと、オープニングアニメーションはいいです。やっぱり内臓を飛び散らせたりしててその後の展開の不穏さを匂わせつつ、それでもまだポップな感じにまとまっている。

ところで、見ていて私が少し気になったのは、映画の中でのキリスト教(原理主義的な)の有りようの部分かも。主人公は敬虔な信者であり、ことあるごとに神に祈り、啓示を受けて(と信じて)ヒーローになる。エレン・ペイジに言い寄られても「結婚は神聖な誓いだ」として退ける。生真面目な堅物、というのを一歩推し進めてちょっとおかしいレベルの人、というのも描き方。映画はその価値観をよしとするわけではなく、一定の距離を置くが、最後にも主人公が自分の視点から啓示を再解釈するところなどもあり、強く否定をしているわけではない。こういう人もいるよね、という感じか。このへんが原理主義的な人のアメリカでの距離感なのだろうか? よくわからない。

Lion入りMac mini server買った

August 3, 2011 Posted by
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買いました。

メモリ増強&SSDなのでそれなりのお値段でしたが、なかなか良い選択をした気がしています。Lion自体が、まだちょっと荒々しい感じがあるけれども……。SSDは静かでいいですねー。

早速各方面で話題のように、Lionではマウスのホイール方向が逆になりました。iPhoneなどのスライドと同じ方向になったというか。これって標準のトラックパッドだけかとおもいきや、外付けマウスとかのホイールも逆になっちゃうのですね。これ、私の観測範囲では散々な言われようでしたが、はじめは戸惑うけどしばらくしたらなれるんじゃないかなあ、とは思いました。が、仕事の時も含めて全部のマシンで同じ方向じゃないと慣れようもないので、元のに戻しました。簡単に戻せるのは良かった。

ラリー・ジョンソン『人体冷凍』

July 20, 2011 Posted by
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人体冷凍  不死販売財団の恐怖

僕と同年代の人は覚えている人も多いと思うけど、そういえば昔、アメリカ横断ウルトラクイズの優勝商品が冷凍睡眠の権利だったことがあるよね。コールドスリープといえばSFの定番テクノロジーだけど、現実にそういうことをする団体がいるぐらいには技術があって、そういうことをする団体があるのだ、という事実にしびれた。

で、本書はそうした(あの団体が何者だったかは覚えてないし資料もないのでわからないが)団体の杜撰な実態を描く暴露本である。「2010年、講談社で一番「怖い」本だと思います。(担当・談)」というのは誇張でもなんでもない、まじで結構怖い。あとグロい。

本書で扱う「アルコー延命財団」というのはこんな団体だ。今この時代になくなってしまった人でも、いつの日か未来に、復活させるだけの技術が整う日が来る。その日まで遺体(というか「人生の第一サイクル」を終えた人)を冷凍保存しておく……。まあなんか、聞いたことありますよねそういうSF設定。そんな団体がアメリカには実在する(しかもいくつかある)らしい。主人公は25年間救急救命士として働き続け、バーンアウトして新しい仕事を探しているときにたまたまこの団体を見つけ、就職することになる。ところがどんどん見つかるずさんな実態、やばい疑惑……そうしてついに告発を始める。

杜撰な実態は本書を読むに限るが、例えば遺体の処理。手続きの不手際で遺体が腐敗し始めていたりする。あと、遺体の頭部を切り落とし、頭部だけを保存する(未来には体を復活させる技術があるのに期待するらしい)という話があるのだが、この遺体処理の原始的なこと(のみで叩いて頚椎を砕く)。凍結時に血液が残っていると水分が膨張して脳細胞を破壊してしまうので、ある種の薬品と血液を交換するのだが、その技術が未熟で血が抜けきれてない気がする。第一、冷凍すると頭部や脳にヒビが入るらしい。そういうヒビも未来には解決可能だろうと……。

一事が万事こんな調子。はじめに主人公が見学に行く時、用意されている薬品類が全部期限切れになっていたというからふるっている。主人公は戸惑ってこう思う。「これでいいのか? でも投与する相手はもう死んでいるから……」他にも、排出された血液や化学物質をそのへんにたれ流しているといった処理の問題、というか施設全体が妙に汚いなど、なんか色々大変だ。

告発の内容は3つ。ひとつは上で書いた、術後の薬品の処理。だけどこれは主人公の告発後にちょうど処置がなかったため、証拠不十分となった。もう一つは、野球選手テッド・ウィリアムズが冷凍保存されているのだが、生前に本人からの希望なしに冷凍保存に踏み切ってしまったこと、またその遺体の処置が問題があること。それから、患者が死亡するまえに毒を投与して殺して冷凍処置をしてしまったことがある(!)という疑惑。

こうした告発をしてしまった結果、主人公とその奥さんは彼らから追われ、脅迫され、命を狙われるまでになってしまうのである。

読むと、アルコーの関係者というのがほとんどカルト集団に思えてくる。アルコーの中の人はどれもエキセントリックな個性の持ち主として描かれているが、比較的まともなチャールズでさえ、やはり変だ。SARSが話題の頃に、感染の恐怖から家(アメリカのアリゾナ州にある)から出られなくなり、主人公を呼びつけるくだりや、どう考えてもこんな冷凍保存で復活させられるとは思えないという主人公に対して「でも火葬したら可能性はゼロですよね、この方法なら、可能性はゼロではない」とのたまう。

ようはこれは最後の審判の後の復活の考え方なのではないか。あ、もちろんキリスト教がそうだという話ではなくて、カルトがそういう思想をバックグラウンドにむちゃくちゃな主張を押し付けようとしている、ということである。ご丁寧に、関係者にはカルト宗教のコミューンの運営者までいる。

ところでSF読者のとって微妙なのは、上で言及したチャールズという人物が、実は『フリーゾーン大混戦』などの訳書もあるSF作家、チャールズ・プラットだということ。アルコーの支援者の筆頭にはグレゴリイ・ベンフォードもおり、アルコーの会員にはSFファンが多いという指摘もあってモニョる。現実とフィクションの区別がつかなくなってしまうと不幸だ……。

ロバート・チャールズ・ウィルスン『クロノリス』

July 18, 2011 Posted by
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クロノリス-時の碑-

ようやく読み終えた。読みづらいってことはないけど、とにかく読むのに時間のかかる話でした。ただ時間をかけるだけの価値はあるかもしれない。

西暦2021年のタイ、バンコクに突然出現した巨大な記念碑。そこには20年後の日付と「クイン」なるものによる征服の記録が刻まれていた。この20年後の未来から打ち込まれた「クロノリス」は、その後もアジアの各地に現れ、都市を破壊していく。この「未来からの侵略」に世界は大混乱に陥り、人々は不安に怯える。20年後に現れるクインとは何者なのか? 何のためにクロノリスを打ちたてるのか……?

こういった設定を、この事件に巻き込まれた比較的に平凡なアメリカ人を視点に語っていく。2021年から2041年まで、世界とアメリカがどう変わっていくかを、主人公の視点からあぶり出す。同時に、主人公はたまさかの偶然で、クロノリスを調査し、対抗するアメリカの国家機関とかかわるようになっていく。

『時間封鎖』でも思ったことだが、SF設定の壮大さというか、ハッタリ力の強さに舌を巻く。20年後の未来からやってきた「クロノリス」という設定は、何かそそるものがある。だけど一方で、物語は意外と地に足が付いている(悪く言うと地味な)感じがするのが面白いというかなんというか。ものすごいハッタリ力を駆使して描くのは父と娘の物語だったりする。その物語も、しかし別に悪くはない