伊藤計劃『ハーモニー』

This entry was posted by on Monday, 9 February, 2009

ハーモニー

要約すると、「傑作だけどetmlってどうなの」

ときは未来。ある危機的な大事件の結果、人々は健康管理をモニタするインプラントを埋め込んで生活している。作中の言葉を使えば「健康をアウトソース」している。このWatchMeというインプラントはなかなかのスグレモノで、ネットワークに接続し、自動的に内部のデータを更新して常に最新の情報にもとづいて健康管理する。人々は健康に暮らすことしかできない……。

こうした世界の描写で息が詰まりそうだ。これはある意味で、作者の目から見た僕たちの世界、あるいはその先に見えるものだろう。この息苦しさというか、変わり者であること、普通じゃないことの見えない圧力のようなものが行間に充満している。この行き詰まる感じがまず素晴らしい。

そんな世界で、ある事件が発生する。世界中で合計6000人を超える人間が突然自殺を試みたのだ。WatchMeへの攻撃によってなされたテロだという。主人公はこの事件を調べるうちに、13年前に死んだ親友の影を見る。こちらのSF設定も、結末もまたちょっとすごい。

伊藤計劃はデビュー作の『虐殺器官』といい、人間の意識というものがひとつのテーマになっているようだ(『虚構機関』所収の「The Indifference Engine」もそうだろう)。ここでいう意識というのは主人公や登場人物の内省ということでは全然なく、端的にいうと「意識は身体に従属する」というごく当たり前の事実を突き詰めた結果である。意識とか精神とかいうものは肉体と独立して存在するわけではなくて、肉体の有り様に大きく影響される。本作もそうしたテーマを突き詰めた傑作になっている。

 

で――etmlなんですけど。

この小説はetml (Emotion-in Text Markup Language)というマークアップ言語で記述されている。ということになっている。etmlがいったいなんなのか、ということは最後まで読めばわかるはずだし、どういうものなのかということも読めばすぐわかる。そういうものである。

でもなあ、このetmlってちょっとありえないぐらいださいと思うんですけど。

まずシンタックスがぐちゃぐちゃな点。etmlはsgml/html/xmlと近いように見えるけれどもそうである必然性はないので、それらの仕様と矛盾するからといっておかしいということはできない。でも登場するetmlのあり方を見るだけでもごちゃっとしていて(たとえば属性と値の対応関係が=だったり:だったりするところとかが)気持ちが悪い。

さらにetmlには構造を表現するもの(dictionaryやlistなど)と、セマンティクスを規定するもの(declarationやtheoremなど)と、ハイパーリンク的なもの(referenceなど)と、これに加えて根幹となる感情をマークアップしたものが混在している。html 3系のごちゃごちゃした気持ち悪い感じが如実に出ていて、そのわりにセマンティックな部分もそれなりに整理されてるのが逆に嫌。これでetmlと名乗るというのはどうなんだろう。DTDに書かれたtransitionalってあたりでそういうニュアンスを感じてね、ということなのかなと思ったが、それにしてもこれはないと思いました。

etmlというマークアップ言語は所詮マークアップなので、本作の価値とは無関係だ――といいたいところなんだけど、そこのところをうまく分かつのがこの本の場合は難しい。そういう作品なんで仕方ないけど、これ一つでこの本の評価が変わってもおかしくないレベルなため結構困ります。

でも中身は良いから。傑作は傑作なのですね。うーん参った。

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