チャールズ・ストロス “Halting State”

This entry was posted by on Wednesday, 9 January, 2008

Halting State

というわけで、昨年中に持ってきた日本語の小説はみんな読んでしまったので、日本では『残虐行為記録保管所』が邦訳されてるストロスの最新長編 “Halting State” をこっちで買って読んでいた。それにしても英語で読むのは随分と速くなった(いいかげんに読みとばすこともできるようになったということでもある)。

で、 "Halting State" だが、ストーリーの骨格はハイテクスリラーになっている。ストロスは『シンギュラリティ・スカイ』やその続編『アイアン・サンライズ』、部分的に訳されてる『アッチェレランド』なんかが日本で紹介されているが、上掲の『残虐行為記録保管所』(これはクトゥルーもの+スパイスリラー)のように、べつに遠未来やシンギュラリティテーマばっかりの作家というわけではないのだ。ファンタジイや歴史改変ものも書いてたし(そっちは未読なので詳細は知りませんが)。

舞台は21世紀初頭のスコットランド。この世界では、2012年にイギリス(グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国)から分離独立しているのだが、そのスコットランドにあるハイテク企業でトラブルが発生する。この時代、オンラインゲームがブームで、特に個々の携帯端末を計算資源にした大規模超並列のオンラインゲーム向けプラットフォームがある。データが勝手にあちこちを行き来する関係上、資源は暗号化されて他人の情報は勝手に奪えないのだが、その上で、ゲーム内経済を受け持っている仮想銀行のデータが奪われる。誰が、どうやって?

というのが発端になって国際的な謀略なんかも絡みつつスケールを広げていくわけだが、警官、保険屋、ゲームプログラマがそれぞれの立場でこの事件に巻き込まれていく、といった粗筋。

ただ、なんといっても目について特徴的なのは語り口だ。本書は二人称による語りを採用している。つまり主人公は You になっている。でも主人公は上に挙げたように三人いるわけで、章ごとに You の指し示す対象が変わってくるという、なんだかややこしい構造を取っている。ただ、章のタイトルには誰の視点で(というかえーとなんだ誰が You になって)語られるかが書いてあるから、ややこしすぎることにはなっていない。

また、舞台がスコットランドなのでスコットランド訛りは頻出する。とくに主人公の警官はかなりスコットランド語(?)をしゃべるのでちょっとわかりづらい。けど、それで雰囲気を出してるんだろう。こういうのってどう訳すのかなあ……。

ともあれ、ハイテクスリラーとしてはふつうに良い出来。上に挙げたような描写とかも含めてハイテク描写はきちんとしているし、現実のサービスなんかをベースにしたいかにもありそうな表現(ようするにgoogleしろとかIMしたとかそういう表現)が使われている(ま、それは一瞬で古びる危険性があるので諸刃の剣だが……)。その上でちゃんと大ネタも用意している。一方、ギーク向けのコネタもそこかしこに散りばめられてる。何気なく「web 3.1415」とかいう用語が出てきたりとか、そういうくすぐりもありつつ手堅くエンターテイメントしている。しかし何なんだ web 3.1415。 TeX か。ティム・オライリーの死後にweb πになって進化しなくなるのか。いやそこはどうでもいいが、そんなところにピンとこなくても楽しめるようにしつつコネタはコネタで用意していて楽しめた。

よくできた佳作。

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