銀林みのる『鉄塔 武蔵野線』

This entry was posted by on Sunday, 30 September, 2007

鉄塔 武蔵野線 [SB文庫]

読みたいけど持ってない本、てのがある。

どこかで聞きつけたり、何かで読んだりしてタイトルは知っているし、口振りやら語りようからしてとても面白そうなので読んでみたいけれどもまだ入手してない本。そういう本の存在を知ったとき人はどうするかというと、簡単に言えば二つにわかれる。

ひとつは八方手をつくしてなんとしてでも今すぐ入手したいという人。この心情はよくわかりますね(これが病膏肓になると途轍もないコレクターになる)。もうひとつはタイトルを心にしまって特に何かの活動はしないという人。わたしは後者である。

べつに欲しくないわけじゃないのだ。新刊書店で買えるなら(余裕があれば)買うし、図書館にあったら借りるし、その辺のブックオフをぶらぶらしていてたまさか見かけてしまったならそのときが読みどき。そんな風に考えながらなんとなく生きていて、生きていればそのうち出会えるもんだろう。そうでないならそれもまたよし。

皆さんにもそんな本はあると思うが、わたしにも勿論そのような本はいくつもあって『鉄塔 武蔵野線』もそのひとつだった。

『鉄塔 武蔵野線』は第6回の日本ファンタジーノベル大賞受賞作。同時受賞は池上永一の『バガージマヌパナス』だからこれは当たり年だなあ。

夏休みのある日、小学5年生の見晴(みはる)は、家の近くにある奇妙な鉄塔に「武蔵野線75-1」という標識があるのを発見する。見晴は無類の鉄塔好きだったが鉄塔にそんな名前がついて連なっているということをそれまで意識したことがなかった。ここから遡れば、どこかには「武蔵野線1」がある。その先には何があるのか――。友達のアキラを連れてふたりは武蔵野線を辿る冒険に出かける。……という骨子は有名だし、映画にもなったから知っている人も多いかも(映画は見てませんが)。

さて、そういう「あの」本、みたいに思っているモノを発見してしまうと、読むときにはその意気込みが空回りしてしまってうまく楽しめないということが往々にしてある。けれどどんな書評でも解説でも説明でも、その本そのものをそのまま伝えるというわけにはいかない。この本の場合は上の魅力的な粗筋に加えて「鉄塔小説」というコンセプト、下読みした大森さんの話や写真のこと、そういった諸々の情報は入るのだけれど、読んでどうかっていうあたりの面白さについてはあまり語られないからかもしれない。ちなみに今回の本では、応募時に大量に添付された鉄塔写真をすべて掲載した「完全版」とのこと(最初の刊行時も最初の文庫化の時も、写真はかなり落ちているらしい)。ほらまた、やはりここにも体裁が出てくるのですよ。何にせよ、前人未踏の「鉄塔小説」となればその独特の体裁が気になるものだし誰しもそこに言及したくなる。

でもこの作品はそれだけじゃないよね。

確かに武蔵野線鉄塔のすべての写真を著者自らが撮影し、その綿密な現地調査の上に少年たちの足取りを描き、鉄塔好きの少年に語らせ、各鉄塔の形状や特徴を詳細に描く「鉄塔が主人公の小説」とも言うべきオンリーワンな作品であるのだ、これは。

けれども、全編をですます調で通し「あれは199×年の夏でしたから、もうずいぶん昔のことになります」で始まり大人になった自分が昔を振り返るという文体。また作中でなんともいい加減なことを言いあう少年たちのその言葉の数々がいかにもありそうなこと。そのようなスタイルから醸し出される「子どものころのささやかな冒険」的なものへの懐しさってのがあって、それはこうやってわたしが説明しようがどうしようが伝わるようなタイプのものではなく、やっぱりそこは読んでみないとわからないわけだな。

物語の中身としても、主人公は「武蔵野線1」の先には原子力発電所がある、と直感しアキラにもそのように語るわけだが、読者であるわたしたちからすればそんなことはあるはずがない。あるはずがないからこそ「どうなってるんだろう、何が起こるんだろう」っていうドキドキワクワクが不思議と共有される、そんな風に思った。

ただし結末は最初のものとは異なり、最初に文庫化されたときに書き換えられたものとなっているらしい。でもこの決着はすごく良かったな。元はどうだったのだろう。

念のために書いておくけれども、これまでこの本を紹介した記事がそういう点に触れていない、といった指摘をしたいわけではない。そうではなくて、どんな良い書評でもその本のすべての側面をつまびらかにするということはできないということを言いたい。どれだけ事前知識を得ていても、やはり読むことの価値は失なわれない。そんな読書体験でした。

ま、復刊してよかったよかった、てことです。読めてよかった。

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