石黒達昌『冬至草』
>現役の医師でもある著者による短篇集。
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>おそらく筆者の身近にあるのであろう医療や生物学が題材になっており、細かな用具やガジェットには専門用語が乱舞しているが、そういった厳密な正しさよりはむしろ、幻惑的な描写に味わいのある作品、というのが全体的な感想。
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>しかしそこで語られる内容は、あるいは科学と科学者の関わりであったり、といった非常にSF的なテーマ。「理系小説の完成形」という惹句を見ると、完成形というのは首を傾げたくなる気もしないでもないが、優れた理系小説だと思った。
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>「希望ホヤ」
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>これだけ、S-Fマガジンで既読。
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>初読時には、「他のいかなるものをも引き換えにしても娘の生命を救う」という、悪い言い方をすると「お涙頂戴」的なイメージを持って読んでいたことに気付く。そういった側面もあるが、裏返してみれば、一個人のエゴによって医学の発達が阻害された物語とも読める。
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>救いと思えるものが実は救いではないのかもしれない、というところに生まれる心の情動は、ただの感動とは異なる、深いSF的なものだった。我が不明を詫びたい。傑作。
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>「冬至草」
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>今は失なわれたという冬至草なる植物を追い求める物語。
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>さまざまな科学的な装いがなされているが、基本的には冬至草の幻想的な美しさの描写がすべてというような作品。そしてその、狂気にも似た妖しさが非常に上手く書けている。
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>余談だが、本の表紙もこの表題作にあわせているけれど、この表紙も良い。
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>「月の……」
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>ほかの作品とうってかわってのとても幻想的な作品。右手に月を手に入れるという妄想(?)を得た主人公の視点で描かれる、妄想のような現実のような妙な話。
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>途中、インド哲学の人にわけのわからない講釈をもらうところなんかは著者の悪意だろーか。個人的には、悪くはないけどそれほどでも。
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>「デ・ムーア事件」
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>謎の火の玉目撃事件から発展した医学スリラーみたいなもの。
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>非常にスリリングで、ふつうの意味で最も面白いのはたぶんこの作品。火の玉現象が解き明かされる過程など、とても楽しめた。
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>それに対して、最終的な決着があんまりちゃんとつかないところは、やはり科学や医学をそのようなものだと認識しているからなのだろうか。にしても、いきなりケネディに話が飛ぶ結末は、ちょっと著者の意図がわからず、居心地の悪さを感じないでもないが……。
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>「目をとじるまでの短かい間」
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>田舎の診療所に勤める医師の物語。
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>これがいちばんつまらなかった。どこに面白さがあるかもよくわからない。でも
>芥川賞候補だったらしい
>。そうだったか。うーん。
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>「アブサルティに関する評伝」
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>アブサルティという「実験の鬼」と評される人物はしかし、実験データをひそかに捏造していた……という、科学と科学者の関わりを一番ダイレクトに描いた作品。「結果として正しければデータが捏造だろうがなんだろうか良いのではないか?」というアブサルティの問いが鋭い。「彼は理論生物学者として論文を発表していれば……」いろいろ頭のなかがぐるぐる回ります。とくに、理系の読者は。
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>全体の感想に戻るが、思ったよりずっと満足度の高く、おすすめな短篇集でした。
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