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自分の状態に名前をつけること

Posted by on Monday, 17 October, 2011

ときどき何もできないことがある。

メールを読んで、Google+を眺め、twitterをチェックして、ニュースとかを読み、Google+にコメントをかいて、メールを読んで……みたいなのを繰り返し、一歩も進めなくなる。そんな時がある。

そんなこんなであるとき、なんか今日、メールとか読んでばっかりで全然仕事できてないんですよね、などと愚痴っぽく話したところ、それはもろに射撃しつつ前進だねと指摘された。そんな話だったっけ?とすっかり忘れた頭で読み直したら全くそのとおりの話だったのでおかしかった。忘れすぎだ自分。

射撃しつつ前進というのは優れたエッセイだと思うけれど、けっきょく何が言いたかったのかはよくわからない。最後のデータアクセスストラテジーがどうこういう話、ありゃ何なんだろ。正直、いまだによくわからない。今回これを書くために読み返してみたけれど、やっぱりよくわからない。

多分(私にとって)大事なのは「ただ始めること」というこの一文だ。このエッセイはここで終わってよく、そこから先のイスラエルがどうこういう箇所も別に読まなくていい。まあ、そうでないとエッセイのタイトルの意味はわからないけど。

そんなふうに読みといて、しばらく時間が過ぎて、またメールとヒマツブシとの往復状態に陥りそうになったときに「あ、これはまた射撃しつつ前進のアレだ」と気づいて自分を軌道修正したことがあった。てかまあそういう状態や復帰は頻繁にあるわけだけど、自覚的にこれは「アレ」だと気づいた瞬間があった。それを何度か体験するうち、それで自分の間違いに気づいたのだった。

「射撃しつつ前進」が重要なのは、タイトルがキャッチーで記憶に残るからだ。エッセイの質とか内容とか語りとか、ジョエルがどんだけエライとか、そういうことはこの際関係はない。

こうやって何もできなくなりそうな時というのはだれにも訪れる。……と思う。まあ自分にはよく訪れる。何も出来ない状態にも幾つかのパターンがある。謎の問い合わせがわんわん来るとき。ミーティングだらけで身動きが取れなくなるとき。面倒くさくて先延ばしにしていた事務手続きをやらないといけないとき。あとメールとヒマツブシで時間が消えるとき。

重要なのは、それぞれのタイミングを場合分けすることだと思う。こういうことが起こると、そのたびにどうにかこうにかやりくりして、抜けだしたりはまり込んだりしている。そのときそのときに、どうにかしないといけないと思って重い腰をあげる。クリアな場合分けがされていると、「ああこれは同じ状態だ」とわかったりする。わかる、ということは案外と大事で、わかることでルーチン化された対応策を見つけることができる。別な見方としては、例えばヒマツブシで身動きがとれないとかいうのは心理的な問題なので、「これさえやれば脱却できる」という思い込みさえあれば、実際に脱却できるのだ。

ただし、人間というのはストーリーを求めるものなので、これをこれから状態1とよぼう、というわけにはいかない。なんとなく自分にとってわかりやすい名前があったほうがいい。今日ははてブとウィキペディアをだらだら見るだけで何もしない全く生産的でない日だった、という言葉はちょっと長くて、もっとキャッチーで短く、把握のしやすい名前が望ましい。例えば、「あ、これは射撃しつつ前進だ」という風に。

名前は短く把握しやすければ何でもいい。自分のために使うものだし、自分しか使わないものだ。「射撃しつつ前進」というのは身動きがとれない状態ではなくて、そこから脱却するためのメソッドだったと思うので、この使い方もまるっきり大間違いなのだけど、別にそれはそれでいいのだ。

人間は名前をつけることで相手を理解する、という素朴な信仰がある。なんだかよくわからないモノをなんだかよくわからないままに取り扱うのは人間にとって負担がとても大きい。だからとにかく無理やり名前をつけてしまうべきである。などということを私は思う。

私にとって技術エッセイの主たる価値というのは、そういう先人たちの知恵を借りて、自分の状態に名前をつけることなのかもしれないと思った。


映画『キャプテン・アメリカ』

Posted by on Saturday, 15 October, 2011

公式サイト

見てきた。ものすごく空いていて今後の展開が危ぶまれるレベル……。

第二次大戦下のアメリカ、愛国心に燃えるが肉体的には貧弱な若者、スティーブ・ロジャーズはひょんなことから軍の「スーパーソルジャー計画」に参加し、超人血清を投与される人体実験を受けることになる。実験は成功し、強力な肉体と高潔な精神を身につけたスティーブだが、実験直後にスパイにより博士が殺害され、スーパーソルジャー計画は凍結されてしまう。結果、スティーブに与えられた任務はといえば、星条旗をモチーフにしたコスチュームに身を包んだヒーロー「キャプテン・アメリカ」となって各地へ子供向けのショーに出演し、国債の購入を呼びかけるというもの。

そんな中、イタリアに駐留するアメリカ軍への慰安に赴いていたスティーブだが、自分の親友が近隣のナチス・ドイツの基地に囚われていることを知る。単身基地に乗り込んだスティーブは親友を含む部隊の救出に成功。これが「キャプテン・アメリカ」としての最初の活躍となる。そしてその救出活動の家庭で、ナチスの超科学研究部門「ヒドラ」がナチスから分離独立し、世界征服に向けて活動を開始したことを知ったスティーブは、ヒドラとの戦いを開始する……といったあらすじ。

まあ、ぶっちゃけて言うとストーリーなどわりとどうでもいいのだけど、第二次大戦中のアメリカ、敵はドイツ、というストーリーで、ミリタリーものではなくてヒーローものをやる、というのは21世紀の今となってはなかなかの難物だったのではないかと想像する。うっかりすると戦争映画になってしまうが、そこはこの映画の主眼では多分ない。長い第二次大戦のどこでどんな活躍をしたのかというのにも、映画的な説得力をもたせるのは難しい。

そんな訳で、世界征服を企む悪の秘密結社を敵として設定する、という点は工夫しているなと思った。一応、ナチス・ドイツは映画の最初のほうでは言及されるけど、あっという間にどうでも良くなる。

ただ、そんな書き割りっぽい設定を受け入れられるかどうかは、この映画を受容できるかどうかの鍵である気がする。私はわりと気に入ったけれども、嫌な人は嫌だろう。

そもそも「キャプテン・アメリカ」というヒーローは、1940年代、本当に第二次大戦中に最初のエピソードが掲載された作品だ。まあぶっちゃけて言うと国威発揚のためのキャラクターであり、当時はキャプテン・アメリカは本当にナチス・ドイツと戦っていたのだ。映画の中でもキャプテン・アメリカはショーに出演し、子供が買い求めるコミックがあったり、映画が製作されていたりしていたけど、あそこのところは我々の世界の現実と同じだったのではないかと思う。

つまり、この映画のなかの世界でも、やっぱりキャプテン・アメリカというのは国威発揚のために作られたプロパガンダヒーローだったわけだ。ただ単にたまたま本当に超人血清を投与された人がショーに出演してるというだけで……なんとまあ、こんな設定よく思いつくものだ。こういう事情なしにあのシーンを見ても特にどうとも思わないと思う。けど、知ってしまうと現実と映画の中の世界が微妙に交わって重ならない不思議な瞬間であった。正直なところ、あのシーンは見ていてひっくり返りそうになった。

ところで、コミックの中のキャプテン・アメリカは戦争が終わって復員し、アメリカ国内でソ連のスパイとかと戦うエピソードが作られていた。だが人気がなくなっていったん打ち切り。その後、実は本物のキャプテン・アメリカはナチス・ドイツとの戦いのさなかで生死不明となり、実は海の底で氷漬けになって冷凍冬眠状態だったのを発見されたということになり、復活。復員後のエピソードは「別人が同じ名前で活動していた」ということに再設定されたのだった。今回の映画もこれを踏襲し、現代、氷原の中でキャプテン・アメリカを発見するシーンから始まっている。

私は面白く見たけれどもお勧めできる作品かというと悩ましい。

ミリタリーを期待すると損をする。上にも書いたけれども、たぶん意図的にヒーローものを志向している。描くべきはキャプテン・アメリカの活躍であって、ヒーローの活躍で戦争が集結するようなことをさすがに今のこの時代にフィクションでも描くのは難しい。

アクションシーンもわりとカッコイイけど、CGがバンバン出てくるような派手な感じではない。かと言ってミリタリーっぽい感じでもない。ヒドラが使うのは銃ではなく謎のビーム兵器で、撃たれた人間はかき消えてしまい、血が流れるような悲惨な演出はかなり少ない。敵は何しろ秘密結社なので、戦闘員は覆面をしていて誰が誰やらわからず、組織の長にのみ忠誠を誓うカルト集団と設定されている。

まあ、すごい期待はしないほうがいいかもね。割といいですよ。

あと3D。あれはちょっとナイね。


体育の日と特異日

Posted by on Monday, 10 October, 2011

10月10日は体育の日。言うまでもなく、1964年の東京オリンピックの開会式の日が由来です。もっとも、直接そういう言明があるわけではなく、「スポーツにしたしみ、健康な心身をつちかう」のが趣旨である、らしい。そういうわけでハッピーマンデー以来、10月の第2月曜日になってしまい、東京オリンピックとは何ら関係ないわけですが、今年は久々に10月10日となった次第。ちなみに10月10日が体育の日となるのは2005年以来。

さて、東京オリンピックは夏季大会なのですが、10月に開会というのはオリンピックの通例としてもやけに遅い。なぜこの10月10日が選ばれたのかといえばこの日が(東京近郊における)「晴れの特異日」だったから、という説がまことしやかに流布しているわけです。実際今日も結構な晴れでした。しかし、そんなのは都市伝説で10月10日は特異日でもなんでもないという説もある。どっちが本当なのか。

この件はウィキペディア内でも割れており、「体育の日」のページでは「1966年から1999年までの34年間に東京地方で体育の日に1ミリ以上の雨が降ったのはわずか5回だった」という説明があり(要出典が曖昧だが……)、一方「特異日」のページでは「10月10日は統計的に晴れが多い日とは言いがたい」と言われてしまっていて、何がなにやら状態である。編集ってのは大変だとつくづく思う。

で、実際のところはどうなのかというと、特異日というのは気象庁のデータを元に統計的に解析して決まるものなので、特異日のリストに載っていなければ特異日ではない。結論としては、10月10日は別に特異日でも何でもない。

でも今日はいい天気だったよね、晴れがちだと思う、どうも納得がいかない、という人もいるかと思う。上記の「わずか5回」という表現にもいくらか誤解やミスリーディングがあると思う(私も少し誤解していた)。手品の種明かしをすると、特異日の定義がポイント。特異日というのは前後の日と比べて有意に特定の天候になりやすい日とされている。例えば梅雨がちで雨のよく降る6月ころ、なぜか6月1日は晴れの日が多い。これは珍しいね特異だねというわけ。だから別に、10月10日にどれだけ晴れが多いかはさほど重要じゃない。10月9日や10月11日など、10月上旬から中旬にかけて雨がちな気候じゃないと、どれだけ晴れが多くてもこの日を「晴れの特異日」とは言えない。例えば世界のあちこちでは「雨季」と「乾季」がはっきり分かれている地域があるわけだけど、乾季のまるっきり晴れたある日を「晴れの特異日なんですよ」と言われても、いやいっつも晴れてるし……と釈然としない気分を味わうだろう。「よく晴れてるはずなのになぜか雨の多い日」とか「雨がちなのになぜかこの日は晴れる」というのが定義なわけだ。

東京オリンピックの開会式を10月10日とした理由については他にも諸説あるようだが、以上の定義に従えば、少なくとも特異日というのは選ぶための条件には適さないことはわかる。開会式だけは無事に終えられたけど実際の本大会は雨がち、なんて大会運営上は大失態だよね。


ビール旅行 / ベルギー編

Posted by on Wednesday, 5 October, 2011

ドイツ編の続き。

ベルギーではブリュッセル、アントワープ、リエージュの3都市に行った。

ビール

昨日もちょっと書いたけど、本場のベルギービールについては事前の期待と裏腹にものすごい感動はそんなにはなかった。日本でもベルギービールはそれなりに認知度があるし、私もベルギービールのお店は何軒か知ってて飲んでる。ボトルで輸入されている以上、日本で飲むのとベルギーで飲むのに大きな差はないと思う。

とはいえ、それでも面白い発見はちゃんとあった。

ブリュッセルではランビックの醸造所を見学した。ランビックというのは自然酵母を使った発酵……ようは、屋根裏に麦汁を放置しておくと大気中の菌に醸されていつの間にか発酵してお酒になってましたー、という製法のビールだ。そのまさに発酵する屋根裏も見られる。それも見学用のセットなどではなく、季節になれば本当に醸造しているような、本当の本物だ。なるべく環境を維持するため、設備に手を触れてはいけない。生態系のバランスを崩さないために屋根裏の蜘蛛の巣も払ってはいけないという(実際、蜘蛛の巣だらけだった)。しかしそんなこと言っても見学者がたまたま風邪ひいてたり、朝に納豆を食ってきたやつとかがいたらどうなるのだろう、などの疑問は尽きないわけだが……まあ、それはさておき見学はとても面白かった。自然酵母というといかにもその辺で放置している適当な製法みたいだが(上ではわざとそんなように書いたが)、実際には発酵以外にも麦芽を粉砕したり麦汁を煮詰めたり、樽に詰めて発酵を進行させたり、かなりの工程を経た伝統の製法である。また、一家で造る伝統的なビールの醸造所というのは、工場と違って設備がわりと人間に想像できるレベルの形状をしていて、と言うかなんだかスチームパンクみたいでかっこよかった。やたらに写真をとりすぎてしまった。

そのカンティヨン醸造所では見学の後に試飲もさせてくれる。このビールがまるでビールとは思えない味わいですごかった。何しろものすごく酸っぱい。色合いも薄く、後味に少し渋みがあり、泡もそんなに出ないため、なんだか白ワインみたいだ。できたランビックの1年もの、2年もの、3年ものをブレンドして瓶詰めする「グース」は瓶内発酵をするので泡があるが、単品のランビックは泡も全然でないため、知らずに飲んだら大抵の人は白ワインだと思うのではないだろうか。酸っぱい飲み物は得意ではないので絶賛ではないけれど、なんというか、これは本当にスペシャルな飲み物だと思った。写真はそのランビックと、ランビックに糖分を追加して飲みやすくした「ファロ」というお酒。ファロのほうが若干飲みやすいけど、どっちみち酸っぱいです。

ちなみにカンティヨンのビールは小西酒造が輸入を取り扱っているので、グースやクリークは日本でも買える(醸造所見学者に配られる紙があるけど、これも小西酒造が作っているみたい)。また飲んでみたいような、そうでもないような。

アントワープでは「クルミナトール」という名前のバーに行った。ここはベルギービールを何年も長期保存した「ビンテージ」ビールを飲ませてくれるという店。ものすごく分厚いメニュー本があり、シメイのブルーなど何十年と種類に分かれてリストがある。ここは当然、昔のビールと今のビールを飲み比べてみるべきでしょうということで、1985年のヒューガルデングランクリュと2011年のを飲み比べ。写真はそのときのもので、左の濃い色合いのビールが1985年のもの、右の普通の外見のが今年のヒューガルデングランクリュ。2011年のものもそりゃおいしいが、1985年のものは別格だった。注ぎに来たおばちゃんが「香りを嗅いでごらん」と薦めるのもわかるように、シードルにも似た不思議な芳香を発している。味もかなり丸くなっており、逆に言うとヒューガルデンらしい鮮烈な味は失われてしまうという言い方もできるかもしれない……。一度は行ってみるべき店だと思った。

リエージュではさほどビールを楽しむことはなかったが、「ペケ」(peket)という蒸留酒を試してみた。どうもいろいろ調べてみたところによるとジン(というかオランダ原産のジェネバー)と同じ物のようだが、ワロニア(リエージュを含むベルギー南部)ではそのように呼ばれるのだとか。フルーツジュースで割って飲む飲み方が一般的なようで、そうなってしまえば普通のカクテルみたいなものだが、その地の特別なお酒というのはそれだけでスペシャル感がありました。

食事

ベルギーの食事といえば、ムール貝のワイン蒸しとか、フリット(フレンチフライ)とか、そういうものとビールを飲むといった印象があったのだけど、実際にはベルギーでビールを飲むような場所はまるっきりビール専門のバーであり、サラミやチーズなんかはあってもムール貝などは置いていない。ムール貝を食べるにはレストランに行かないといけない。というわけで、そっち方面はあまり充実しなかったのが今回の旅行という感じ。レストランでベルギービールを飲んでもいいのだけど、それでは何のためにベルギーに行ったのかわからないし……。というわけで、豊富なベルギービールを飲みつつムール貝を味わうのは、むしろ日本(とか)に特有なのかもしれない。

いっぽうのフリットはベルギーではとてもメジャーな食べ物なようだ。そもそも英語ではフレンチフライというけど発祥はベルギーなのだそうで、街角にもトレイに山盛りにするようなフリットやさんがある一方で、ちゃんとしたレストランでも付け合せに出されるなど、かなりありとあらゆる所で供される(ビールバーを除く)。ドイツではどんな料理にも付け合せでジャガイモが出てきて、大体の場合はマッシュポテトだったが、ベルギーではマッシュする代わりにざく切りにして油で揚げるというわけだ。しかし、ようはフライドポテトなわけで、なんとなくジャンクフードのイメージがあり、ちゃんとしたレストランで出てくるのはなんだかちょっとおかしかった。

ワッフル

食事とデザートは別腹ってことで、ベルギーといえばチョコレート、それとワッフルだろう。

現地についてガイドブックを改めて開いてから知ったのだが、ベルギーには二種類のワッフルがある。一つはブリュッセルワッフル、もうひとつはリエージュワッフルというのだという。どちらもアメリカや日本で食べるワッフルとは少し違う。

ブリュッセルワッフルは、長方形の綺麗に整った形をしている。粘性の低い生地を流しこんで焼くのだが、敢えてワッフルメーカーから生地を溢れさせてこの綺麗な形を作るようだ。食感は軽く、サクっとしている。ホットケーキを作った時の、端っこの方のちょっと焦げてカリカリになってる部分の味に似ている。で、これに好きなトッピングを上に載せる(コレ重言?)のが基本みたい。写真は私がブリュッセルで食べた、生クリームとフルーツとチョコレート載せ。めちゃめちゃ甘くて正直やりすぎたと今は反省している……。上に何かを載せて食べるという食べ方からしても、あんまり街中のスタンドで買うような食べ物ではなく、イートインで食べるもののようだった。ガイドブックによれば家庭で作ったりもするというが、旅行者の身なのでそこの真偽は不明だ。

一方のリエージュワッフルは、概ね丸い不定形をしている。アメリカや日本でよく食べられる「ワッフル」のイメージに近いのはこちらだ。だけど、生地はもっと粘性が高く、ほとんど団子みたいに固形になっているものをワッフルメーカーで挟んで焼くようにしていた。生地には砂糖が入っているようで、焼きあがると表面が焦げてちょっとカリッとしているのがスペシャルなのかも? 中はふんわりとしている。名前は「リエージュワッフル」だが、別にベルギーのどこでも駅のスタンドとか自動販売機とかで売っているのはリエージュワッフルの方だ。だが、やっぱりそういうものよりは街中のスタンドで買うもののほうが焼きたてで美味しい。こちらもチョコレート入りを頼んでみたところ、焼きあがったワッフルに串を突き刺して穴を作り、そこにチョコバーを差し込むという乱暴なつくりだった。ところがワッフルの熱でチョコが溶けて近くの生地まで滲んでいくから、つくりは乱暴でもこれがメッポウうまかった。


ビール旅行 / ドイツ編

Posted by on Tuesday, 4 October, 2011

遊びに行った話をまとめるのも面倒なので簡単に書いておく。旅行中に自分で書いたのはGoogle+に上げているから、知り合いの人はそっちを見てください……。

旅程はミュンヘンについて、ニュルンベルク、バンベルク、ケルン、デュッセルドルフと移動し、ベルギーは鉄道でブリュッセル、アントワープ、リエージュと移動して、最後にフランクフルトに移動して帰国という流れ。今回は大雑把にドイツ編。ちなみにどうもあらぬ誤解を受けていたことがわかったが、おっさん3人ビール旅行なため、色っぽい話は皆無です。

ビール

ドイツといえばビール純粋令なる法律があり、ビールに混ぜ物とかをしてはいけない(日本のビールはだいたい米が入っていて味を整えてるのでビールとは呼ばれない)というのは知っていたが、それでいて各地にバリエーションがあれこれあるということがわかったのが今回の大きな収穫だった。これに比べるとベルギー編は、今から言っちゃうとどうせ日本でも同じ瓶は買えるのでレアリティが高くない。ドイツはわりと地元のビール醸造所が強く、各地で違うビールが飲める。各土地も、だいたいピルスナーに加えてヴァイツェンやデュンケルがあるからバリエーションは豊富で素晴らしい。

バンベルクで飲んだラオホビアはかなり感激の味。ビールというのはもともと、麦芽を乾燥させて粉砕し、麦汁を作るわけだけど、普通は焙煎して乾燥させる(焙煎を強くすると黒ビールになる)。ラオホビアは焙煎ではなく直火で乾燥させるという方式だそうで、強烈な燻製香がする。紅茶の正山小種を思わせるような、煙をそのまま飲み込んだような香り。なもので人によって好き嫌いはわかれると思うけど、私はたいそう気に入りました。バンベルクは第二次大戦で破壊されなかった街ということで、古い街並みの景観が残り、雰囲気もいい。いいところだと思いました。



ケルンのケルシュとデュッセルドルフのアルトビールも飲んだ。どちらも200mlと小さいグラスでホイホイ注がれていくスタイル。席に着くと数を聞かれて、答えるとその数分だけグラスビールが出てくる。飲み終えるとおかわりを注ぎに来てくれる。ケルンの場合はウェイターも専用のトレイで持ち運んでいく。注ぐところや運ぶところも含めて見どころというべきなのも。ただ味そのものについて言うと、ケルシュは割と普通な気がしました。ピルスナーっぽい(上面発酵のはずだが……)。アルトビールは少しビターで個人的にはこちらのほうが好みでした。

一方でフランクフルトではあまりビールを攻めず、当地の名産というApfelwein(りんご酒)を堪能した。りんご酒ってそれシードルでしょと思うとこれが大きな間違いで、アルコール度数はけっこう高く、甘さはまるでなく、すごく酸っぱい。これを酒4:炭酸水1ぐらいの割合で割って飲むと、味がマイルドになって料理に合う。これはこれでありかもしれない、とちょっとだけ思った。

そういえば、誤解を招かないように書いておくが、ドイツのビールは堪能したが、だから日本のビールがどうこう、などとは思わない。こういうビールはその土地の料理に合わせて作られているような気がする。ドイツの料理は豚肉がえらいことになっているようなものが多く、味付けもわりと濃い。付け合せはだいたいザワークラウト。とかなんとか。そういう世界ではビールも濃い味で対抗したほうがいいのかも、という納得をした。だいいち、たとえばラオホビアなんてつまみもなしに飲んでたしね。自立する飲み物だと思う。まあ、その上で好きとか嫌いとか言うのは個人の嗜好ですが。

料理

という訳で料理。

ドイツの料理って言うと、ソーセージ、ポテト、ザワークラウト、以上。というのが大雑把な旅行前の私の認識でしたが、合ってるとも言えるし間違っているとも言えるなーという感じ。

ソーセージはいくらかのバリエーションがある。例えば、ミュンヘンで食べたのはヴァイスヴルスト(白ソーセージ)。ふわふわのソーセージを茹でたもので、切って中だけ食べる。皮は食べない。伝統的な製法ではわりとすぐに悪くなるとかで、正午を過ぎたら注文は受け付けないところもあるという。で、そういうお店をわざわざ探して堪能した。

もう一つはニュルンベルガーソーセージ。小さめのソーセージを炭火で炙って食べる(写真のやつね)。これはドイツでは有名なおいしいソーセージだということで、写真のはニュルンベルクで注文したものでたいそう美味しかったが、他の都市でも大きめなお店ではわりとメニューに載っていた。なんせフランクフルトのお店でも、フランクフルトソーセージを注文したらウェイターに断れれてニュルンベルガーを注文させられたぐらいだ(フランクフルトで食べた奴は今ひとつだったが)。

あとそれから、ケルンでは豚の血のソーセージも食べた。これは名物とかではないと思うが、多分初かな。スパイスが効いていて生臭さはなく、普通に美味しかった。

という訳でソーセージの国という認識に大きな間違いはないような気がするが、さすがに他にも色々料理はある。ウィンナーシュニッツェルはとんかつの源流の一つ(たぶん)な伝統料理で、豚ではなく子牛の肉を使ったカツレツ。まあこういう食べ物がまずいはずはなく、とても美味でありました。あと、何ヶ所かで豚の生肉を食べた。ドイツではそれなりにポピュラーなものらしい。生食用に育てた豚の肉をミンチにして、バゲットに塗って野菜や何かと一緒に食べる。普通に大丈夫であり、というか最初は気づかずraw meatかそうかそうかと楽しんでいたがよく考えたら豚じゃんこれ……的な状況であったけど、結果的にはまあなんともなかった。私は結構おいしいと思う。けどまあそのへんは自己責任で。抵抗感のある人はやめたほうが良いかも。

他にも、ドイツの夏の味覚らしいプフィッファリンゲ(アンズダケ)を使った料理であるとか、いろいろいただいた。そういうわけでソーセージばっかりではなくて色々美味しかったけど、やっぱり豚肉がベースになっている感じはある。そして付け合せはほぼ確実にザワークラウトとポテト。ポテトは、そのまま茹でたものもあり、マッシュもあり、小切りで炒めたものもあり、小麦粉と混ぜてフワフワのモチモチにしたような巨大団子で出てくることもあった。最後のやつとか、個人的にはけっこう好きなんだけど(炭水化物スキーなもので)、いずれにせよ分量が尋常じゃない感じで閉口した。

いずれにせよ、僕らが行ったのがほぼビアバー(ビアホール)的なところばっかしだったので食べた物も偏っていたという可能性は拭い去れないわけですけれども。


ラドラー続き

Posted by on Friday, 30 September, 2011

こないだ書いた「ラドラー」は、その後何度か、ベースのビールと割材とをいろいろ変えてみて研究を重ねてみた。詳細はGoogle+で適宜更新をしているけど、今日はその続き。

割材についてはまずC.C.レモンを発見、これは鉄板だろうということで試してみた。もう一つはグレープ果汁の多いゴクリ、それから普通のソーダもあるということで三ツ矢サイダー。ビールは、一番搾りばっかりでもナンなので、ビターにエビスを攻めるのと、普通の日本ビールっぽい所でクラシックラガー。

ここで組み合わせ一つ一つに写真を撮って、小粋なコメントをつけると僕もデイリーポータルZとかの記者になれるのかもしれないが、ぶっちゃけ面倒かつそんな文才もないので、結論だけ簡単に書こう。

エビスは三ツ矢サイダーとの相性がよく、クラシックラガーはC.C.レモンとの相性が良かった。その後、他のビールも試してみたが、ハイネケンはC.C.レモンと相性がよく、レーベンブロイは今ひとつな感じ。ゴクリはどれとあわせても今ひとつ。

エビスは苦味と言うか味が濃いわけだが、C.C.レモンだとこの苦味が引き立ってしまう。ところが三ツ矢サイダーのノーテンキな甘さと組み合わせるとこの味がマイルドになり、結構イケる感じになる。逆にクラシックラガーと三ツ矢サイダーを合わせると、単に微妙に薄い感じで今ひとつ焦点がぼける。だけど、クラシックラガーにC.C.レモンのレモンの香りが加わると、ほのかな甘味とレモンの香りにビールの香りとアルコールが加わり、これがなかなかいい感じだ。クラシックラガーとC.C.レモンの組み合わせは、ドイツで飲んだラドラーの味にもかなり近い。ような気がする。

ゴクリは単体で飲むといいのに、ビールと混ぜるとどうしても苦味が引き立ってしまっていまいち感は否めない。せっかく果肉が入っているのも全く意味なし状態になってしまっていてもったいない。

ハイネケンは軽い感じのビールなので、やはりC.C.レモンと相性がいいが、レーベンブロイはわりと味がしっかりして少し甘みがあるので、C.C.レモンの甘みと組み合わさるとよろしくない。だいたいどんなビールがレモネードと相性がいいか、ちょっとずつわかってきた気がする。

今までの結果を、とりあえずGoogle Spreadsheetにまとめてみた。気が向いたら更新もするかも。


市川春子『25時のバカンス』

Posted by on Saturday, 24 September, 2011

25時のバカンス 市川春子作品集(2)

虫と歌』に続く短篇集の2冊目。「25時のバカンス」「パンドラにて」「月の葬式」の三編を収録。

『虫と歌』もそうだったが、市川春子の作品は宇宙人とか未知の生物とか、設定はSF的だが、物語としてはファンタジーだと思う。作中の奇妙な設定は、ただ単にそういうものである、というだけでもいいと思うが、つねに一定の「言い訳」が加わり、そうすることでSFになっている。とはいえ言い訳は言い訳でしかなく、物語の主軸は別にあるようにも感じられる。シンプルで少しふわっとした描線も、「SFというよりはファンタジー」というイメージにぴったりくる。

だがそれでいて、スレたSFおたくの心の琴線に触れる何かもあるような気がする。まあ端的に言えば私は好きだ、ということなんだけど、少なくとも年間SF傑作選に選ばれるような何かがあると言っていいと思う。例えば「25時のバカンス」に登場する異形の生物たちの不思議な愛らしさ。「パンドラにて」の結末の光景。そういうところにはグッとくるものがある(そういえば年間SF傑作選に収録された「日下兄妹」も変な宇宙生物を描いた話だったような)。奇妙な形態のへんないきもの、への愛。それってSFの原体験だよね。

収録作みっつのなかでは「25時のバカンス」がやはり一番良いかな。へんないきものを愛し、妙にピュアなところのある主人公は、読者とも重なる。

おすすめです。


ラドラーへの道

Posted by on Wednesday, 21 September, 2011

このブログには全然書いてなかったけど、9月上旬にドイツとベルギーに旅行に行った。主目的はビールを飲むこと、美味しい料理を食べること。大変楽しい思い出だったが、その件について詳しくはまた後ほど。今日はそれに付随した別な話。

ドイツでは色々なものが美味しかったが、ラドラー(Radler)もなかなか良かった。ラドラーというのも現地で初耳だったぐらいだが、これはビールのジンジャエール割、ようはシャンディガフと同じようなものらしい。ただ、バーで飲むようなオシャレなものではなく、そこらのビアホールやレストランで飲むような、気軽な感じの低アルコール度数飲料だった。ビール純粋令というけど作ったあとに混ぜるのはいいのか、ってそりゃいいに決まってるか……。

現地で飲んだようなビールを飲むのは大変だが、ビールをジンジャエールで割るぐらいなら気軽に自宅で作れるだろうと思っていて、帰国以来つくってみようと機会を伺っていた。ところが、機会を伺っていて気づいたが、最近の日本のコンビニではジンジャエールが売られていない。全然おいてないっぽい。炭酸飲料はそんなに人気度が高くないのかなあ。居酒屋では定番な気がするのに。

そんな先日、ようやくスーパーでカナダドライが売られているのを発見したので入手。一緒に、スーパーで得られていたビールの中からキリン一番搾りを選んで作ってみた。

が、どうもあんまり美味しくない。もうそんなに記憶が確かなわけじゃないが、なんか違う気がする。いろいろ割合を変えてみたが、どうももう一つ感が拭えない。混ぜ方がイカンのか、酒がだめなのか、カナダドライがダメなのか……。ただ、ウィルキンソンみたいに尖った味のジンジャエールよりは、マイルドな味のほうがこういう飲料には向いていると思う。勝手な想像だけど。

それにつれて思い起こして見るに、美味しかったラドラーがジンジャエール割だったのか自信がない。もっと普通の清涼飲料水だった気もする。それで英語のwikipediaの記事を見ると、ラドラーはビールをソーダまたはレモネードで割ったものとある。確かにレモンぽい風味があった記憶もある(記憶の捏造かもしらんけど)。色も黄色かったし。

いずれにせよ、ジンジャエールで基本パターンはおさえたということで、次は邪道な方面を攻めてみるべきだろう。という訳で近場のコンビニの棚の中から、キレートレモンスパークリングをチョイス。ビールは替えないほうが比較にはいいだろうということ一番搾りのまま。適当に半々ぐらいで割って飲んでみたけど、これはわりと近い気がする。少なくとも、悪くない。ちょっとキレートレモンの味が強くて酸味がきついかも? あと、泡がそんなに出ないんだよなー。何か足りないのだろうか。

てな感じで、もう少しラドラー道を探求したいと思った次第です。


山名沢湖『恋に鳴る』

Posted by on Monday, 19 September, 2011

恋に鳴る 1 (まんがタイムコミックス)

3年ぶりらしい山名沢湖の単行本。

淡い恋愛モヨウと、効果音とかオノマトペをからめた短篇集。一話目「カサコソ」は初デートが微妙だったときに落ち葉を踏む音、三話目「コトコト」は気になる男と一緒にカレー当番した時の煮詰める音、といった具合。もっとも、オノマトペをサブタイトルにしてストーリーに絡めるという部分は作品コンセプトは残るけれど、ストーリーはすっかりいつもの山名沢湖となり、恋愛テーマの回も多いがそうでない回もそれなりにあったりして、そのへんはいつの間にか有名無実化している気もする。二話目からして、あらすじでまとめちゃえば「ミシンで服を縫う」というだけだからね……。しかし、まあ、それがいいのです。個人的に好きなのは、九話の「カタカタ」(FAXが受信して紙の出る音)と八話の「じーっ」(見つめる視線)かな。

気がついたら山名沢湖の単行本は全部持っていると思う。どこか空想的で、というか登場人物が延々と妄想を展開していくメルヘンな世界はふわふわしていて、そういう話は個人的には苦手だと思っていたが、この作者の漫画では自然に受け入れられる。妄想を妄想と割りきった上でその妄想に浸るような、セルフツッコミの視点を忘れないでいつつも妄想を楽しむようなところが良いのかなあ。「チリンチリンチリン風が吹く/意外と涼しい/やっぱり暑い」というふうに。オチがつく感じ。

ところで「1」と巻数表示があるのですが、これって続きでるのかなあ。このネタでもう1冊分も続けるのは相当大変な気もするけれど。のんびり待ちます。


PHP 5.3.7のcryptについて、作者のメモ

Posted by on Saturday, 27 August, 2011

PHP 5.3.7のcrypt関数には深刻な問題があった、という話の詳細については徳丸浩氏が紹介しているのでそれを読んでいただくとして、どうしてこうなったのか、ということについてPHPの作者、Rasmus Lerdorf氏がGoogle+に投稿している。これも、どうしてこうなったの部分は徳丸さんが紹介しているが、それ以外の部分に興味があったのでちょっと紹介しておこう。

こういった問題が発覚すると、テストとかQAとかしてなかったのか、という疑問がわく。で、そういう質問とかをされているわけで、返事にいわく、テストはしていたけど、今回はそのままリリースしたのだという。そんなのってあるのか?

+Lorenz H.-S. We do. See http://gcov.php.net
You can see the code coverage, test case failures, Valgrind reports and more for each branch.
The crypt change did trigger a test to fail, we just went a bit too fast with the release and didn’t notice the failure. This is mostly because we have too many test failures which is primarily caused by us adding tests for bug reports before actually fixing the bug. I still like the practice of adding test cases for bugs and then working towards making the tests pass, however for some of these non-critical bugs that are taking a while to change we should probably switch them to XFAIL (expected fail) so they don’t clutter up the test failure output and thus making it harder to spot new failures like this crypt one.

コードカバレッジ、テストの失敗、valgrindのレポートなどをきちんととっている。だけど、テストの失敗を調査せずにリリースをしてしまったというわけだ。やっていても見なければ意味がない、という残念な結果になっているが、どうしてそうなのかというのが面白い。つまり、バグレポートが上がってくると、その時点で(直す前にまず)テストケースを足していくという開発スタイルなのだと。したがってテストの失敗が無数にあるのが常態化していたというわけだ。

このスタイルを崩すつもりはないが、バグレポートによる失敗ケースは基本的に失敗するのが前提なので、これをXFAIL(expected fail)なんかに変えることで、失敗することが期待される部分と、本当のバグが分離できるだろうとのこと。

何が言いたいかというと、別にテストがされてないわけではないし、単にテストを無視してリリースしたといった残念な話でもない。それなりの哲学を持った開発スタイルをしていたわけで、ただこういう回帰バグをあんまり想定した作りになっていなかった。今後どうしたいかも一応視野に入っている。といったあたりが興味深いなあと。

余談ですが、徳丸さんの紹介しているglibcの作者Ulrich Drepper氏は厄介な人物として知られていて、glibcにstrlcatを追加することをかたくなに拒否し those who are using strcat or variants deserved to be punished. などと述べています。確かに彼の言うとおり、長さがわかっているのならmemcpyなどを使えばいいわけで、今回は彼が正しかったわけですが。