山本弘『去年はいい年になるだろう』

This entry was posted by on Tuesday, 27 April, 2010

去年はいい年になるだろう

傑作! これは本当に面白かった。しかし、なんともいえない複雑な読後感でもあった。これが嫌いっていう人はいるだろう(しかもけっこうたくさんいそう)。それでも俺はこの本を勧める。

物語は西暦2001年9月11日から始まる。同時多発テロのまさにその日、人々は驚くべき事件に遭遇する。24世紀の未来からきたアンドロイドの集団が来訪、同時多発テロは未然に防がれたのだ。アンドロイドたちの目的は人類を幸せにすること。大地震やテロから各種犯罪、自殺にいたるまで、未来の情報をもとになるべく多くの人間を救おうとする。

主人公であるSF作家、山本弘はそうしたアンドロイドの一人(というか一体か)であるカイラの訪問を受ける。面と向かったコミュニケーションをすることでその行動原理を理解してもらい、好意的になってもらうため、アンドロイドたちは人類の一部と個別にコンタクトしていたのだ。だがこれによって主人公の人生は思わぬ方向へと転がっていく。

この作品の面白さはいくつかのポイントがあるが、主人公として作者自身(の10年前)を持ってきたのがひとつある。山本弘の長編は作者による自分語りとも取られるパートがあるけれど(それは本書のなかでも書かれている)、思い切って著者自身になっていることで、当時の自分が思っていたことや思うはずのことがどんどん書かれている。もちろん、「こう書くとこれは作者の本音だと思われるだろう」ということを自覚せずに書いていないわけがないのだが、それでも非常に興味深かった。

それに、主人公による手記という体裁を取っているため、世界への影響よりもむしろ主人公の身辺のパーソナルな変化がむしろ描かれる。SFといっても科学技術の啓蒙が目的ではなく、普通の小説と同じように感動させるのが目的だ、といったことを作中でも主人公が述べているのだが、まさに本書はそういう作品になっている。

主人公の手記という体裁なので、山本弘の周辺の人たちも実名でばんばん出ている。奥さんとの話はメインプロットなのでいいとして、と学会の例会のくだりが個人的にはいちばんグッときた。おたくネタも面白いし、アンドロイドが未来からやってくることでラーゼフォンの企画がポシャってしまったり、『神は沈黙せず』が書けなくなったりといったくだりも面白かった。唐沢俊一が出てきて「うぉ」と思ったり、志水一夫のくだりには少ししんみりした(もっともこのへんはある程度知ってないと何もわからないと思うけど)。

というわけで、この時点で十分面白いのだけど、個人的にすごいなと思ったのは、SF設定の部分だったかな。もちろん、未来から来るアンドロイドが人類を救う、という設定や結末で提示される時間観というのは、それほど特異なものでもない。それでも、アンドロイドの描き方が非常に巧みで、ここは凄い。この本のアンドロイドたちは人類よりも高い能力を持ち、ふつうに人間とコミュニケーションを取ることができるけれども、その根本にある行動原理が全く違う。『アイの物語』でも、その点が描かれていたけれど、そこは多少なんというか、感動的な味付けがされていた。この本はむしろ、身も蓋もない。違うのは違うのであって、実は交流も説得も不可能なとんでもない、実は不気味な存在。裏を返すと、超越的で交流が不可能なのに、一見コミュニケーションが成立しているようにみえる不思議な存在。こういう人工知能を小説で描くのはとても難しい。どうしてもコミュニケーション不能な「機械」か、ただの変な人として描かれがちだ。この本はそのアクロバティックな表現をきちんと成立させている。

素晴らしいSFだと思いました。

A

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