特異点はなぜ起こらないか

This entry was posted by on Wednesday, 18 January, 2006
>ところで、僕が「特異点」はなぜ起こらないと考えているかというと、「人間以上の知性」なるものを「設計」するのは不可能だと思っているからだ。人間より優れた知性の設計図は、人間の知性では本質的に理解不能なのではないか? あらゆる知性が、自分より優れた知性を設計するのは不可能では? すると特異点なんて起こりえないということになる。 > >偶然によってそのような知性が生まれてしまう可能性がある。また、ヴィンジは人間と機械の融合や、「集合知性」というキーワードでこの辺をクリアできると考えているようだ。確かに量的な融合が質的な変化をもたらす可能性も否定はできないのだが、起きても「特異点」と呼ぶほどではないのではないだろうかと思う。 > >もちろん、人間と同程度に賢く、かつ人間より思考速度が速いものを作ることは可能かもしれない(それについてはこの『考える脳〜』に書かれている)。ただ、ヴィンジはそういったものを「弱い」超人と規定し、特異点には関係ないとしている。確かに速いといっても限度があるので「特異点」というほどの現象にはならないのではないかという気がする。 > >いずれにせよ自分の考えも所詮は「〜と思う」とか「〜な気がする」というレベルの反論しか思いつけていないのだが、どちらかというと、人間と同じくらい賢くて人間よりずっと思考能力が高い機械が完成し、人間の時代は終わるかもしれないが、「特異点」は起こらず一種の平衡状態に達し……みたいなある種のディストピアとかの方がありうるんじゃないかなあと思っていながら訳していたら野尻抱介の「素数の呼び声」が掲載され(アンサンブルの Void WhichBinds に訳が載った頃の話)、非常に大雑把に括るとそんな感じの設定だったのでちょっとびっくりしたこともあった。まあSF的にはそういう設定の方がスリリングだというのはあるでしょうがね。「素数の呼び声」は、アメリカのいわゆる「シンギュラリティ作家」どもに読ませて感想は聞きたいもの。 >

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