World War Z

This entry was posted by on Thursday, 6 May, 2010

WORLD WAR Z

中国奥地で発見された感染症。この病気に感染するとやがては死に至り、死んでも歩きまわる。まるでゾンビのように。ゾンビに噛み付かれた人間はやはり同じ病に侵され、広まっていく。「死者がゾンビとして蘇る」なんてあまりにも突拍子も無い症状のためになんの対策も取られず、やがてアウトブレイクを迎え、世界中はゾンビで満たされ、人類は絶滅の危機を迎えるが、やがて反撃に転じる。その世界ゾンビ大戦の終結宣言からはや10年。国連は当時の調査資料を作成するために、世界各地の生き残りにインタビューをした。だが、実際に作成された報告書からはインタビューの大半は削られ、無味乾燥な数字とデータの資料になってしまった。これに不服を感じた調査員が、自分のインタビューをまとめて本を刊行した……という体裁の書籍が本書だ。

当時の証言を集め、まとめて一冊の本にする、というスタイルによって、全体像を描きづらいこういうスケールの大きな事件を、地に足の着いた視点から描いていき、次第に読者に全体像をつかませるという方法論それ自体は、実はそれほど珍しいものでもないだろう。ただし、えらくしんどい方法ではある。現実の歴史を対象としたノンフィクション作品でも実地の調査が必要だが、フィクションでは別な意味でしんどいだろう。著者は全体像をあらかじめ構築しておいて、細部だけを語りながらさりげなく全体像を読者にわからせるように、それでいて各キャラクターの発言としては自然に語っているように描かないといけない。その難行を、この著者は成功した。

この本には実にいろんな人が現れ、当時を回想する。はじめて患者に相対した医者、当時のホワイトハウス首席補佐官、ニセの薬を売って大儲けし、南極に避難した億万長者、政策決定者、兵士、ひきこもり、国際宇宙ステーションに取り残された宇宙飛行士……。それぞれが、それぞれの思い出を語る。そこで語られるのは、安っぽいお涙頂戴もののストーリーじゃないし、安易なパニックものでもない。端的に言えば絶望的な状況であり、そんな中でもなんとか生き延びようとあがく人間。無残な話でもあるし、容赦もない。たとえばゾンビ対策のために館を要塞化して立てこもった有名人たち。なぜか彼らは自分たちの状況をネットで放送し、それに引き寄せられるようにしてゾンビの前に人々が押し寄せ、けっきょくゾンビと戦うまでもなく崩壊してしまう。南アメリカでかつてアパルトヘイトに手を貸し、そして起死回生のプランを立案した男の物語。近代兵器がまるで通じず、記録的な大敗を喫したときの兵士の絶望……。この本には、本当に印象深い物語がいくつもある。それだけで長編が一本書けそうなほどのストーリーの断片が重層的に重なりあい、結果として世界ゾンビ大戦の全貌が浮かび上がる。

この本がよく出来ているのはまた、おぼろげに「大戦後」の世界を描いていることだろう。これほどの激変で世界が変化しないわけがない。欧州は連合国家と化し、神聖ロシア帝国が勃興。キューバが経済大国として繁栄している。日本は、韓国は、中国は、インドは、南アは……こういうことがさりげなく描かれている。当時を振り返っているために、語り手たちのその後もさりげなく描かれる。ホワイトハウスの首席補佐官は、いまでは農場で糞の処理の仕事に就いている。キャンプ場に流れ着いて、周囲の木を切り倒して生き延びた女性は、今じゃ原生環境復元プログラムに参加している。そんな調子。

分厚い本だけど、一つ一つの証言は短いし、読みやすいのでわりと速く読める本だと思う。でも決して軽い本じゃない。読むと、本の厚み以上に厚みのある内容が脳内に展開される。それがこの本の醍醐味だ。

ちなみに著者はThe Zombie Survival Guide: Complete Protection from the Living Dead (ゾンビサバイバルガイド)という本を書いたことのある御仁。こちらもタイトルは知ってたけど未読だったので、ぜひとも訳して欲しいなあ。

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