森見登美彦『恋文の技術』

This entry was posted by on Tuesday, 24 March, 2009

京都の大学の研究室から、能登半島の研究所に行って研究をすることになってしまった大学院生の守口一郎は、あまりにも何もない周囲の淋しさに耐えかねて学生時代の友人、先輩、家庭教師時代の教え子、妹、森見登美彦、などなどに手紙を送りまくる。その文通のやりとり……ではなくて、やりとりのうち守口氏の手紙の文章だけが延々と書かれているのがこれだ。地の文はないし、相手の文章もない(ないが、守口氏の反応から何が書かれているかがうかがい知れるわけだ)。

特に技巧的に新しい手法だということもないだろうが、こういうスタイルにしては何が起きているか抜群にわかりやすい内容となっている。変に凝ったりするところがなく、するする読めてしまうが、それでいて、各章で読者にわかるのは断片的な事実だけを小出しにしつつ各章をうまく機能させてるという感じ。

全部で12の章に分けられる作品なのだけど、文通は時系列順ではなく、1つの章は特定の相手とのやりとり(の守口氏パート)だけで構成されている。守口氏はやたらと筆まめなので、同時に複数の相手と文通しているし、文通相手同士が互いに知り合いだったりするから、一方であることを書きつつ、もう一方でそれについて言及したりしている。一方の文通で相手に言われたことを別な相手に言ったり、同じような時期に同じようなことを書いていたり、そんな語られ方の中で、各キャラクターがどう考えどう行動したか、だんだんわかるようになって来るという次第。

登場人物のやっていることのあまりのくだらなさ、言い訳のせせこましさなどは『太陽の塔』などにそっくりなんですけどね。また登場人物にはモデルがいるのかな。

あと、モリミーの主人公は韜晦して、韜晦して、韜晦しっぱなしで物語を終えるわりには読者には心の内がしっかりはっきり伝わるという作品が多いですが、今回は書いちゃいましたね、きっぱりはっきり。でもそのわりに興冷めにならないのですね。妹パートの末尾、なんだか唐突にいい話になっており、しかもこんな、ごく普通の「いい話」に不覚にも感動してしまった。

Comments are closed.