アーサー・ブラッドフォード『世界の涯まで犬たちと』

This entry was posted by on Tuesday, 23 October, 2007
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ぼくが恋人の飼い犬と寝ているといったら、きっと変なやつだと思われるだろう。でも、それはぼくにとっていちばん困った秘密ってわけじゃない。

面白い。そして変だ。変てこだ。ケリー・リンクやジュディ・バドニッツなんかと同じ気配を感じる。いわゆるジャンル小説ではないけれども幻想小説のようなところもあるし、捻れた魅力がある。

個人的に面白く読んだのは上で引用した文章ではじまる「ドッグズ」や「スノウ・フロッグ」といった幻想味のある作品なのだが、本書にはそういった作品はむしろ少ないのは少し残念だった。それ以外の作品はといえば、現代アメリカを舞台に、日常のちょっと歪んだ一コマが描かれる。奇妙な隣人や同居人があり、少し不思議な出来事が起こるのだが、特にどうということもない日常の風景みたいなもの。

たとえばこんなのだ。「冬を南で」という題の5ページほどの掌編では、主人公は友人から無断で車を借りてドライブに行くが、途中で警察につかまってしまう。でも起訴はされずに釈放される。それだけ。もちろん読みどころはそんな粗筋にあるのではないのだけど、とはいえ読後の感想は一言で言うと「どうしろと?」という感じだった。

しかし小川さんの解説からすると、作者の本分はそちらにあるようだ。とすると個人的には少し惜しい。これらも悪くはないのだが、ノレない作品が多かった。

ただし本書のもうひとつの価値には、その小川隆さんの解説それ自体にもあると思う。「あえていおう。いま、アメリカの短編が面白い」という言いきりから始まる解説は、小川さんの個人的な思い入れや世代感覚を色濃く反映させていて「本当にそこまで言いきっちゃっていいのかなあ?」と少し疑問に感じるほどなのだが、でもだからこそ小川隆解説としては一級の面白さ。ケリー・リンクやジュディ・バドニッツなどの解説は柴田元幸や岸本佐知子によるものだから、これは冷静な分析が良いわけだが、小川隆解説はそれらとは一線を画した妙な熱さがいい。

世界の涯まで犬たちと

ところでSKKの辞書には「はて→涯」という対応関係がないらしいことに本書の感想を書こうとしてはじめて気付いた。こういう語のロストは珍しい気がするなあ。

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