ヴィクトル・ペレーヴィン『恐怖の兜』

This entry was posted by on Sunday, 14 January, 2007
>いや大変なものを読んだ。これは傑作だな! > >舞台立てはこんなだ。8人の男女が、どことも知れない部屋にそれぞれ孤立して閉じこめられている。部屋にあるのはモニタとキーボードだけ。そこで8人はチャットを通じて議論をしていく。ここはどこなのか? いったい何が起こったのか? > >地の文が一切なく、チャットだけで物語は進む。やがて物語はギリシア神話のミノタウロスの物語と隣接をはじめる。様々な隠喩が登場し、議論に次ぐ議論。部屋から出るとそこは迷宮で、様々な暗喩にみちた出来事に出くわす。そしてタイトルとなった「恐怖の兜」の謎が持ち上がる。 > >チャットの議論はさらに進む。そもそも相手は存在しているのだろうか? 存在するとは何か? 意識とは何か? 自由意思とは何なのだろうか? という(強引につなげると)イーガンにも繋がるようなテーマも浮き上がってくる。 > >という説明をすると、なんだかややこしいわりに意味不明な文章だけが続いているつまんないものを想像する人が多いと思うけど、そんなことはなくて、文章はむしろすごく読みやすい。意味不明の文章は出てこない……なんてことはなくてさすがに出てくるけれど、それは意図的に登場人物が支離滅裂なことを主張していて、ほかから「意味不明だな」とか指摘されたりする。 > >しょうもないコネタが何のフォローもなく出てくるのも特徴で、たとえばごく序盤の >
> >彼女はアニメのことを言っているのよ。無数の触手を持った悪魔が少女を陵辱するの。まるで強迫観念みたいに、日本のヴァーチャル・ポルノの一貫したテーマなのよ。 >
> >このモチーフは、日本において第二次世界大戦の敗北によって生じたにもかかわらず、戦後ずっと意識下に抑圧されてきたフラストレーションを反映しているのだよ。こうしたアニメで犯される少女は、日本の民族精神を象徴している。一方、ペニスに似た無数の触手を放っている悪魔は、西洋型の現代企業精神を象徴しているのだ。それはもしかしたら、単に蛸なのでは?蛸だって? 独創的だね。私はそんなことは考えてもみなかった。 > >
> >にはさすがに噴いた。ちなみにこの会話はその後の展開とぜんぜん関係ありません。なんでそんな詳しいんだペレーヴィン。『うろつき童子』でも見たのか。 > >さてまあ、こういう会話が延々と続き謎の本質がいっそう遠ざかろうとしつつあるうちに、ついに結末が訪れるわけだが、このオチの「いったいなんだったんだ」感がまた、実にすばらしい。本質的にはちっとも高尚なものではなく、まったくもって実にくだらない。だがそれがいい。いや、本当にそんなくだらないだろうか? > >いや傑作でしたわい。ペレーヴィンというのはロシアの作家で、国内では超マイナーですが、ロシアでは刊行されるやいなや売れに売れてどの本も大ヒットというとんでもない作家らしい。らしいのだが、しかし、こんな本が飛ぶように売れるというロシアはどんな国だろうかというのはちょっと恐ろしくなるよ。いや、めちゃくちゃ面白いんですけど……すごく、ヘン! > >あ、それから、上でも書いたけど、訳がすごく良いです。非常に平明ですごくわかりやすい日本語になっていて、ひっかかりもなくするりと読めてしまう。あとまあチャットなため、ページの下半分が真っ白なのも、さっくり読めちゃう。ロシア文学というと重厚でねちっこい描写を連想する人が多い気がしますが、本書はわりとさらっとしています。 > >なお、ペレーヴィンはの邦訳ほかに『眠れ』と『虫の生活』があるみたい。こっちは未読なんですが、2005年のSFセミナー「異色作家を語る」企画でもけっこうプッシュされていた気がするし、同年の京フェス「SFファンのための世界文学入門」企画でも強く推されていたのを思い出した。読んでみたくなりました。 > > >

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