ディーノ・ブッツァーティ『神を見た犬』

This entry was posted by on Tuesday, 29 May, 2007

神を見た犬

ブッツァーティはイタリアの幻想作家。本書はそのブッツァーティの短編集で、ほとんどショートショートと呼んでいいような掌編を多く含む22編が収録されている。

短いものについては、さすがにすぐ結末までわかってしまうようなものも多いのだけど、全体としてはなかなか面白かった。個人的には、妙に人間くさい聖人たちを描いた作品(「聖人たち」とか)が意外に良かった。解説で指摘されていてなるほど、と思ったが、妙にアニミズム的な雰囲気がある。

こうした作品では、わりと世界中のその辺の人も聖別されていたりするし、奇跡もホイホイ起こる。クリスマスには神の存在はその辺に感じられ、この世の終わりには神は「ある朝の十時ごろ、とてつもなく大きな握りこぶし」として登場する。

「聖人たち」はこんな話だ。あるところにガンチッロという名前の男がいて、死後、彼が聖人に叙される。こんな理由で。

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聖人といっても、ガンチッロは、世間を驚かせるようなことをしたわけではない。農夫として慎ましい一生を終えたが、死後になってようやく、よく考えてみれば彼のまわりには恩恵が満ちあふれ、少なくとも三、四メートル四方が明るく照らされていたことに気づいた者がいた。

というわけだが、ガンチッロはあまりにもささやかだったので、聖人だということを認識してもらえない。誰からも祈りは捧げられず、誰からも懇願をされない。そこで奇跡を起こしてみるが、隣の礼拝堂で祀られる聖マルコリーニの奇跡だと勘違いされてしまう。そんな、他愛もない話。これがふつうの話だと、ガンチッロがあの手この手で注意を引こうとしては失敗するのがコミカルに描かれるところだろうけれど、いかに人間くさいといってもガンチッロは聖人なので、そんな下世話なことはしない。

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ここに至り、ガンチッロは独りごちた。どうやら、あきらめたほうがよさそうだ。私のことなど誰も思い出してくれやしない。彼はバルコニーに座り、大海原を眺めていた。それはまた、たいへん心の安らぐ光景でもあった。

てな感じで静かに終わる。

あと面白かったのは「七階」「一九八〇年の教訓」「戦艦『死』」。「七階」は、七階建ての病院に入院することになった男を描くごく他愛もない話で、読みはじめたら結末まですぐにわかるし実際そのまま予想通り展開するけど、なぜか面白く読めた。「戦艦『死』」は、第二次大戦の失なわれた極秘プロジェクトの顛末を追うという体裁の話だが、最後の不条理な展開と幻想的な光景がいい。「一九八〇年の教訓」は今読むとなんだか『デスノート』みたいな話だが(ただし死ぬのは犯罪者ではなく権力者)、皮肉が効いている掌編。

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