ジェフリー・ランディス『火星縦断』
>近年の技術系ハードSFの傑作。
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>主人公たち第3次火星探査チームは、トラブルに見舞われて帰還船が使えないことに気付く。このまま火星に立ち往生、座して死を待つばかりかと思われたが、かつて北極点に着陸した第1次調査隊の地点には帰還船が丸ごと残っていて、おそらく帰還できるだろうということに気付く。その距離、およそ6000キロ。赤道以南から、まさに火星を縦断していく……という筋立て。
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>そもそものトラブル、これまで失敗に終わった探査隊の失敗の理由、道中の苦難の源、これらはすべて自然である。SFにしては、本書には超自然的なものは何も出てこない。人為的なミスと言えるものもあるにはあるが、どれだけ準備をしても、どれだけ万全を期しても、機械は壊れるときには壊れる。グループ内のいざこざもあるにはあるが、火星縦断みたいな難事では、火星の地形そのものが難敵なのである。そして、そのことが本書では実によく書けている。
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>という感じで傑作といっていいと思うが、本書をやけに厚くしているのが、登場人物たちの過去語りのパート。ここは、これはもうちょっと薄くしてもよかったと思った。確かに物語的にも厚みは増している感はある。この辺を切ってしまうと、技術系ハードSFマニアと呼ばれるごくニッチな層にだけ受け入れられる作品で終わったことは間違いなく、本を売るという点からすると、こういう要素も取り入れるという判断も決しておかしくはないのかもしれない。
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>それに、このパートが失敗しているかというと、それほどまずくはないと思うわけだ。確かに、特徴的で一癖も二癖もあるキャラクターが揃いすぎていてかえって書割みたいな設定になっているのだが、こういったキャラクターのおかげで、ハードSFマニア以外の読者にも割と勧められる作品となっている。
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>でも、「どっちもどっちも」とやったおかげで両方の持ち味が薄まって、なんだか平凡な作品になっちゃったなぁ感がある。難しいものだが。
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>さて、ところで、あと20年くらいしたら本書は「ぜんぜんSFではない」作品になっているだろうか。そういう前例はある。先見性の高さのために、今となってはSFというよりはふつうの小説になっているというタイプの作品である。
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>この作品は、20年したらそうなっている可能性がある。そしてそうなっていたら良いな、と素直に思う。
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