去年のことだが、会社のオフサイトイベントに行ったら余興の一環としてランダムに組まされたチームでいろんなタスクをやるというよくある遊びがあった。で、タスクの一つがドッジボール。
日本で育ったオタク・インドア・運動苦手勢は全員同じ気持ちがあると思うがドッジボールには何一つとしていい思い出がない。できれば一生関わることなく生きていたいし、まあ大人になれば関わるようなことはまずない。そういえば、かつてGoogle東京で働いていた時にも会社イベントでドッジボールやろうかみたいな話が出たことがあったが、一部のソフトウェアエンジニアたちからの強い意向により取りやめになったということがあったことも思い出す。
そんなわけでドッジボールか……とちょっと嫌な気持ちになったが、まあみんな大人だし俺も大人なので適当にこなそう、と素知らぬ顔で参加した。そしたらルールが結構違っており、そしてやってみたら結構楽しかった。まあ自分は全く活躍しなかったけど、それはそれ、これはこれ。大まかなルールは一緒なのに、細かな違いでこんなに変わるものかと感心したのであった。
あとで軽く調べてみたところによると、日本のドッジボールは日本で独自に発展・進化して成立していった独自ルールであるようだ。
ここを読むような人は知らないことはないと思うけど、日本のドッジボールのルールというのは次のようなものだろう。
- 2チームに分かれてボールを投げ合う。一方のチームの誰かが手で投げたボールに当てられたらその人は退場。どちらか一方のチームが全員退場したらそのチームの負け。
- 長方形のコートを2つに分け、各チームがそれぞれ自分のエリア(内野)内にとどまる。退場した人は「外野」と呼ばれ、敵チームエリアの外側に行く。
- ボールは1個、バレーボールやサッカーボールのようなものを使う
- 誰にも当たらずエリアの外に出たボールは外野が拾い、敵チームへの攻撃に使う
- ボールを当てられても地面に落ちる前に拾えればセーフ
自分が体験したドッジボールは、その後にウィキペディアなどで見るとアメリカなどで一般的なルールのようだった。大きな違いは、
- ボールが複数、大体チームの人数分ぐらいある(9vs9だとボール9個ということ)
- ボールは中が空気の軽くて小さなボールを使う。大体ソフトボールくらいの大きさのやつ(utility ballという)
- スタート時点で、ボールは自陣と敵陣を分ける線上に配置されている。スタート時点ではチームは全員外で待機し、スタートと同時に走ってボールを拾いに行く
- 外野は自陣の奥に待機し、敵を攻撃したりできない
- 投げられたボールをキャッチできると敗者復活で、外野から一人戻れる
といったところであった。大きな違いは「ボールの数」「ボールの大きさ・硬さ」「外野が攻撃できない」だ。
日本のドッジボールはボールが一つしかないので、強い人がいるとその人がボールを占有して攻撃し続けるサイクルになりやすい。それ以外の自分みたいな人は基本的には標的であり、いかにうまく避けるかしかやることがない。でも避けてもボールはそのまま外野に流れてまた攻撃されるだけだし何も面白くない。ボールは結構硬くてあたれば割と痛い。総じて体格が良くて運動の得意な子がそれ以外をひたすら攻撃し続けるだけの競技だと思う。
ボールが複数あると展開はスピーディになるし、どちらかの攻撃というだけではない複雑な展開が行われる。誰を狙おうかなとのんびりしている余裕はないというかボールを持って振りかぶってるやつなんて狙われてしまう。ボールはやや小ぶりで柔らかく、当たっても痛くない。そもそもスピードが乗せづらい。後ろの外野は味方なので、うまく避けれれば自分にボールが供給され攻撃側になるチャンスも多い。ボールが増えるだけでこんなに変わるものかと感心するくらい全然違うスポーツであった。
もちろん、自陣最後の一人になったら狙われまくったりしてあまりいい気はしないだろうし、どんなボールでも(特に子供なら)当たったら痛くていやな気持ちにはなろう。それにこのルールだと敗者復活は結構稀な現象な気がして、ゲーム序盤で当てられてしまって退場したら後は玉拾いぐらいしかやることがないという話はある。あと何にしても体を使うので運動そのものがいやならいやだとは思う。
けど総じてこちらのドッジボールの方が余興むきだし子供同士の遊びにも向いているように感じた(もちろんcompetitiveな世界ではまた違った話ではあるのだろうとは思うのだけど)。というか日本ではなんであんな硬いボールでドッジボールやってるんだろうか。っていうのはそれが一番学校で常備されているからだろうけど、さすがにやめた方がいいのでは、と思うのだけど。
ともあれ、同じ単語でもこんなにも違いがあるものかと結構驚いたのだったし、そもそもこんなにルールが違うものが同じ名前で何の説明もなく併存しているのに結構ビビったのであった。ドッジボールやろうぜ、と言われてイメージする風景が違いすぎる。今から思えば、Google東京であっても日本育ちの人ばかりではなく、当時提案されていたドッジボールはこういうアメリカっぽいやつだったのかもしれない。だとしたら悪いことをしたかな……とまでは思わないけど、不幸な行き違いというか誤解というか、そういう何かではあったのかもしれない。まさかこんなものの中身が違うとか、思わないよね。