<?xml version='1.0' encoding='UTF-8'?>
<ns0:feed xmlns:ns0="http://www.w3.org/2005/Atom">
  <ns0:id>http://www.jmuk.org/</ns0:id>
  <ns0:title>val it: α -&gt; α = fun</ns0:title>
  <ns0:link href="http://www.jmuk.org/" />
  <ns0:link href="http://www.jmuk.org/blog/feed" rel="self" />
  <ns0:updated>2012-05-21T02:23:48.681Z</ns0:updated>
  <ns0:author>
    <ns0:name>Jun Mukai</ns0:name>
    <ns0:uri>https://plus.google.com/102550604876259086885/posts</ns0:uri>
  </ns0:author>
  <ns0:logo>http://www.jmuk.org/favicon.png</ns0:logo>
  <ns0:entry>
    <ns0:id>http://www.jmuk.org/blog/post/z12avzp4vu2vxjfqt04cc3agzvjlivwib4g</ns0:id>
    <ns0:link href="http://www.jmuk.org/blog/post/z12avzp4vu2vxjfqt04cc3agzvjlivwib4g" />
    <ns0:title>宇宙から見た日食、という写真が出回っているのだが本物なのかなあ。</ns0:title>
    <ns0:content type="html">宇宙から見た日食、という写真が出回っているのだが本物なのかなあ。ああいうのは常に眉に唾つけて見るようになってしまった……。&lt;br /&gt;日食に航空機がかかった写真を我が物顔で流すヤツとかもいるしさ(あっちは初出はナショナルジオグラフィックで2010年の日食の写真だとか)&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://mathscinotes.wordpress.com/2010/10/11/solar-eclipse-math/" &gt;http://mathscinotes.wordpress.com/2010/10/11/solar-eclipse-math/&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;Google画像検索で写真から検索したらけっこういろいろ出てきた。けっきょく、この写真の出展は1999年、ミールから撮影したものということのようだ。今回のものではないが、日食の写真であるのは間違いないらしい。ちなみに皆既日食のもの。そういうことは明記してほしいんだよな……。&lt;br /&gt;&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/1999%E5%B9%B48%E6%9C%8811%E6%97%A5%E3%81%AE%E6%97%A5%E9%A3%9F" &gt;http://ja.wikipedia.org/wiki/1999%E5%B9%B48%E6%9C%8811%E6%97%A5%E3%81%AE%E6%97%A5%E9%A3%9F&lt;/a&gt;</ns0:content>
    <ns0:summary>宇宙から見た日食、という写真が出回っているのだが本物なのかなあ。ああいうのは常に眉に唾つけて見るようになってしまった……。&lt;br /&gt;日食に航空機がかかった写真を我が物顔で流すヤツとかもいるしさ(あっちは初出はナショナルジオグラフィックで2010年の日食の写真だとか)&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://mathscinotes.wordpress.com/2010/10/11/solar-eclipse-math/" &gt;http://mathscinotes.wordpress.com/2010/10/11/solar-eclipse-math/&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;Google画像検索で写真から検索したらけっこういろいろ出てきた。けっきょく、この写真の出展は1999年、ミールから撮影したものということのようだ。今回のものではないが、日食の写真であるのは間違いないらしい。ちなみに皆既日食のもの。そういうことは明記してほしいんだよな……。&lt;br /&gt;&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/1999%E5%B9%B48%E6%9C%8811%E6%97%A5%E3%81%AE%E6%97%A5%E9%A3%9F" &gt;http://ja.wikipedia.org/wiki/1999%E5%B9%B48%E6%9C%8811%E6%97%A5%E3%81%AE%E6%97%A5%E9%A3%9F&lt;/a&gt;</ns0:summary>
    <ns0:published>2012-05-21T02:23:48.000Z</ns0:published>
    <ns0:updated>2012-05-21T02:23:48.681Z</ns0:updated>
  </ns0:entry>
  <ns0:entry>
    <ns0:id>http://www.jmuk.org/blog/post/z12xu1sxkkjcx1ys4220tnbyvwfqz3lt3</ns0:id>
    <ns0:link href="http://www.jmuk.org/blog/post/z12xu1sxkkjcx1ys4220tnbyvwfqz3lt3" />
    <ns0:title>さて日食。</ns0:title>
    <ns0:content type="html">さて日食。&lt;br /&gt;日本は金環食が東京を始め各地を通るということで盛り上がってる面もあるだろうけど、滞在先のアメリカ西海岸ではどうせ部分食ということもあり、アメリカ人はあまり興味ないのかと思ってた。というか、数百キロほど北に行けば金環食が拝めるので、天文ファンはそういうところに行く感じなのかなあ、みたいな。日本だとあちこちで売ってる観測メガネ的なものも見かけない。&lt;br /&gt;１７時半を過ぎて欠け始めても、特にみんな気にしてない感じだったし。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だけど最大食の時間になった今さっき、家を出てぶらぶらしていたら、けっこう家族で見に来た人たちと出会った。自作のピンホールカメラっぽいのを作ったぽい人もいたし、普通のサングラスを5-6個重ねている人もいた……大丈夫なんかいな。借りて一瞬、見せてもらったけど。観測用の遮光メガネは見かけなかったな。手近なブツで楽しもうという精神かもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自分のピンホールカメラの像は小さくてちょっとしょんぼりだけど(2つ買って繋げたら良かったのかも)、思ったよりはずっとクリアな像だったし、なによりプリングルズで作るというのはhackyな楽しさがあってよいものだ。居合わせた人にも見せたりしてわりと好評でよかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;写真は部屋の壁にさしてきた木漏れ日。</ns0:content>
    <ns0:summary>さて日食。&lt;br /&gt;日本は金環食が東京を始め各地を通るということで盛り上がってる面もあるだろうけど、滞在先のアメリカ西海岸ではどうせ部分食ということもあり、アメリカ人はあまり興味ないのかと思ってた。というか、数百キロほど北に行けば金環食が拝めるので、天文ファンはそういうところに行く感じなのかなあ、みたいな。日本だとあちこちで売ってる観測メガネ的なものも見かけない。&lt;br /&gt;１７時半を過ぎて欠け始めても、特にみんな気にしてない感じだったし。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;だけど最大食の時間になった今さっき、家を出てぶらぶらしていたら、けっこう家族で見に来た人たちと出会った。自作のピンホールカメラっぽいのを作ったぽい人もいたし、普通のサングラスを5-6個重ねている人もいた……大丈夫なんかいな。借りて一瞬、見せてもらったけど。観測用の遮光メガネは見かけなかったな。手近なブツで楽しもうという精神かもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自分のピンホールカメラの像は小さくてちょっとしょんぼりだけど(2つ買って繋げたら良かったのかも)、思ったよりはずっとクリアな像だったし、なによりプリングルズで作るというのはhackyな楽しさがあってよいものだ。居合わせた人にも見せたりしてわりと好評でよかった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;写真は部屋の壁にさしてきた木漏れ日。</ns0:summary>
    <ns0:published>2012-05-21T01:52:07.000Z</ns0:published>
    <ns0:updated>2012-05-21T01:52:07.265Z</ns0:updated>
  </ns0:entry>
  <ns0:entry><ns0:id>tag:blogger.com,1999:blog-6786394476687653393.post-3294822580935708400</ns0:id><ns0:published>2012-05-16T16:18:00.001+09:00</ns0:published><ns0:updated>2012-05-16T16:18:39.721+09:00</ns0:updated><ns0:title type="text">Go言語の型宣言をHaskellから理解する</ns0:title><ns0:content type="html">&lt;div dir="ltr" style="text-align: left;" trbidi="on"&gt;という誰得記事を書いてみたいと思います。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Goの型システム……というかtype宣言はなかなか面白いんじゃないか、ということに最近気づきました。type宣言は新しい型を宣言するものです。たとえば、A Tour of Goの&lt;a href="http://tour.golang.org/#24"&gt;例&lt;/a&gt;だと、&lt;br /&gt;&lt;blockquote class="tr_bq"&gt;&lt;code&gt;type Vertex struct {&lt;br /&gt;&lt;span class="Apple-tab-span" style="white-space: pre;"&gt; &lt;/span&gt;X int&lt;br /&gt;&lt;span class="Apple-tab-span" style="white-space: pre;"&gt; &lt;/span&gt;Y int&lt;br /&gt;}&lt;/code&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;div&gt;のように宣言します。これは当然のように思われるかもしれません。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;ところが、&lt;code&gt;type MyFloat float64&lt;/code&gt; のように宣言することがあります。これはどういう意味があるのかというと、実態としては&lt;code&gt;float64&lt;/code&gt;なのだが新しい型として定義したい、という意思表示となります。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;具体的に、これが意味するものとしてメソッド宣言を見てみましょう。&lt;a href="http://tour.golang.org/#50"&gt;VertexにAbsというメソッドを定義した場合&lt;/a&gt;:&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;blockquote class="tr_bq"&gt;&lt;code&gt;func (v *Vertex) Abs() float64 {&lt;br /&gt;&lt;span class="Apple-tab-span" style="white-space: pre;"&gt; &lt;/span&gt;return math.Sqrt(v.X*v.X + v.Y*v.Y)&lt;br /&gt;}&lt;/code&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;このように表記します。このとき、&lt;code&gt;*Vertex&lt;/code&gt; 型の変数 &lt;code&gt;v&lt;/code&gt; について &lt;code&gt;v.Abs()&lt;/code&gt; とメソッド呼び出しができるわけです。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;同じように、&lt;code&gt;type MyFloat float64&lt;/code&gt; として宣言した&lt;code&gt;MyFloat&lt;/code&gt;に対しても、メソッドの宣言ができます(&lt;a href="http://tour.golang.org/#51"&gt;例&lt;/a&gt;):&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;blockquote class="tr_bq"&gt;&lt;code&gt;type MyFloat float64&lt;br /&gt;func (f MyFloat) Abs() float64 {&lt;br /&gt;&lt;span class="Apple-tab-span" style="white-space: pre;"&gt; &lt;/span&gt;if f &amp;lt; 0 {&lt;br /&gt;&lt;span class="Apple-tab-span" style="white-space: pre;"&gt;  &lt;/span&gt;return float64(-f)&lt;br /&gt;&lt;span class="Apple-tab-span" style="white-space: pre;"&gt; &lt;/span&gt;}&lt;br /&gt;&lt;span class="Apple-tab-span" style="white-space: pre;"&gt; &lt;/span&gt;return float64(f)&lt;br /&gt;}&lt;/code&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;というか、どんな型に対してもメソッドの定義ができます。ただし、異なるパッケージの型に対して勝手にメソッドを追加したりできない、ビルトインの型も同様に挙動を変更させることはできない、という制限があります。そのため、既存の型と実態は同じだが独自の意味合いを持たせたい(実態としては数値だが特別な意味を持たせたい、というような場合)にこういう型定義によって別の型をつくることになります。この場合、&lt;code&gt;Abs()&lt;/code&gt;というメソッドは&lt;code&gt;MyFloat&lt;/code&gt;という型に対してついているのであって、&lt;code&gt;float64&lt;/code&gt;に対して呼ぶことはできません。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;つまり、&lt;code&gt;float64&lt;/code&gt;と&lt;code&gt;MyFloat&lt;/code&gt;はほんとうに別な型なのです。たとえば上のコードサンプルで&lt;code&gt;return f&lt;/code&gt;とすることはできません。&lt;code&gt;Abs()&lt;/code&gt;が返すべきのは&lt;code&gt;float64&lt;/code&gt;だからです。&lt;code&gt;MyFloat&lt;/code&gt;と&lt;code&gt;float64&lt;/code&gt;は加減乗除等の演算も行えません。事前に型変換を行う必要があります。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;たしか『&lt;a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4839923116/ref=as_li_ss_tl?ie=UTF8&amp;amp;tag=jmukorg-22&amp;amp;linkCode=as2&amp;amp;camp=247&amp;amp;creative=7399&amp;amp;creativeASIN=4839923116"&gt;入門OCaml&lt;/a&gt;』だったかとおもいますが、会計処理的なシステムで、消費税込みの金額とまだ税を組み入れてない金額が両方あるので混乱しがちになるという話が出てきて、phantom typeを導入して型安全を保つという事例があったとおもいます。同じことがGoのtype宣言では可能です。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;この挙動は面白いし便利だと思う一方、C/C++のtypedefを知っていると、とても奇妙に思えます。C/C++のtypedefは簡単に言うと型に別名をつけるだけだからです。&lt;code&gt;typedef float MyFloat&lt;/code&gt;、などと書いても&lt;code&gt;MyFloat&lt;/code&gt;と&lt;code&gt;float&lt;/code&gt;は区別されません。&lt;code&gt;float&lt;/code&gt;を引数に取るメソッドに&lt;code&gt;MyFloat&lt;/code&gt;を与えても構いません。C/C++を使っている場合、これはこれで便利なものです。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;ここでC/C++のtypedef相当の言語とGoのtype相当の言語を両方併せ持つ言語といえば、そう、皆さんご存知のHaskellですね(やっと出せた)。Haskellでいうとtype宣言がC/C++のtypedefであり、Goのtypeに相当するのはnewtype宣言だと言うことができるでしょう。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;Haskellのnewtype宣言というのは、実態としては他の型と同等であるが、全く別の新しい型として定義したい、という場合に使います。たとえばA Gentle Introduction to Haskellでは、Integerと実態は同じであるが正数のみを扱うNatural型を定義しています(&lt;a href="http://www.sampou.org/haskell/tutorial-j/moretypes.html"&gt;日本語訳&lt;/a&gt;)。Goのtypeはまさにこれと同じことをします。Natural型に対して定義したメソッドがIntegerに影響を与えないところも同じです。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;ところで、Goにはtypedefはありません。既存の型に別名をつけることはできません。例えば上で&lt;code&gt;Vertex&lt;/code&gt;という構造体が出てきました。ここで、&lt;code&gt;type Vertex2 Vertex&lt;/code&gt; などとしても、&lt;code&gt;*Vertex&lt;/code&gt;に対して宣言された&lt;code&gt;Abs()&lt;/code&gt;メソッドは、&lt;code&gt;*Vertex2&lt;/code&gt;型の変数にたいして呼ぶことはできません。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;不便じゃないんでしょうか。そもそもtypedefってなぜ必要なんでしょうか。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;Haskellのtype宣言は、既存の型に別名をつけるという意味で、まさにtypedefです。実例としても、&lt;code&gt;String&lt;/code&gt;型は実際のところ文字のリスト&lt;code&gt;[Char]&lt;/code&gt;型である、という代表例もあります。これはまさに同じであって、&lt;code&gt;String&lt;/code&gt;型の値はリストとして扱うことができます。リストを引数に取る関数はすべて&lt;code&gt;String&lt;/code&gt;を扱うことができるし、パターンマッチもできます。これがnewtypeとして別の型になってしまうと、Haskellのリストを扱うためのパワーをスポイルしかねません。いっぽう、Stateモナドは、実態としてはただの関数だけども、newtype宣言でState型として宣言されています。こういうものはHaskellではtype宣言では扱いづらいし、ややこしい問題もありますが、newtype宣言によって状況はかなりクリアになります。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;ようするに、「メソッドは引き継がれない」「別の型として扱われる」という点がメリットになるかデメリットになるか、というのがnewtypeを使うか、typeを使うかの違いになっているといえるでしょう。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;Go言語では、どうして他の型のエイリアスを作らなくても問題にならないのでしょうか。たとえば、&lt;/div&gt;&lt;blockquote class="tr_bq"&gt;&lt;code&gt;var f1 MyFloat = MyFloat(1)&lt;br /&gt;var f2 float64 = 1.0&lt;br /&gt;f1 + f2&lt;/code&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;div&gt;などとするとコンパイルエラーが発生します。&lt;code&gt;f1&lt;/code&gt;と&lt;code&gt;f2&lt;/code&gt;は異なる型なので演算はできません。実際、上で挙げた例のように、税抜の金額型と税込の金額型を別の型として宣言している場合、この２つの型の変数同士を気軽に足せてしまったら分けた意味が薄れるので困る。&lt;code&gt;f1 + MyFloat(f2)&lt;/code&gt;などとしなければならないわけです。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところが、&lt;/div&gt;&lt;blockquote class="tr_bq"&gt;&lt;code&gt;var f1 MyFloat = MyFloat(1)&lt;br /&gt;f1 + 1.0&lt;/code&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;div&gt;これはエラーになりません。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;Go言語には暗黙の型変換はないのだけど、数値リテラルは特定の型の値を持つわけではなく、文脈によって適切な数値型となり、実態として数値の型であるモノ(&lt;code&gt;MyFloat&lt;/code&gt;とか)も数値型とみなされます。演算子もまた、数値型に対して有効であるという定義であり、オーバーロードや再定義ができません。このように演算子やリテラルを特別処理にすることで、暗黙の型変換なしに、異なる型であっても、こういうよくある表記では問題を起こさないようになっています。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;また、メソッドについてはどうでしょうか。Haskellの&lt;code&gt;String&lt;/code&gt;が&lt;code&gt;[Char]&lt;/code&gt;と同等なのはリストに対するオペレーションを使いたいからだと思います。ただ、Go言語のメソッドや関数では、多くの場合インタフェースが一致しているかどうかだけが大事で、継承関係を必ずしも持つ必要がありません。このため、既存の型と構文上も同等に扱いたいというモチベーションがそれほど高くないのではないか、と推測しています。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;Go言語を設計するにあたり、どれぐらい慎重にこういったことが決められたのかはぼくは知らないのですが、こういった事例からは、「こうしておけば実用上問題ないでしょ」という思い切りのようなものがあるな、と思うのです。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;実際のところ Haskell にしたって type 宣言を書くことはそう多くない気がします。なくてもかまわないといえばかまわない、&lt;code&gt;String&lt;/code&gt;だけがうまくいけばそれで良い、そういうヤツなのではないでしょうか。だが、既存の言語の枠組みで「&lt;code&gt;String&lt;/code&gt;を&lt;code&gt;[Char]&lt;/code&gt;のように扱う」ためには、type宣言のようなものを持ち出すか、さもなくば&lt;code&gt;String&lt;/code&gt;を特別扱いしなければなりません。特別扱いはイヤだ、言語の定義で直交性を保ちたい、という美的センスがあるのではないかと思うのです。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;&lt;br /&gt;&lt;/div&gt;&lt;div&gt;直交性というのはプログラミング言語の「美しさ」を語る上では大事なキーワードだと思うのですが、Go言語では、そこまで最重要なポイントとみなされていないんじゃないかという疑念を抱いています。もちろん軽視しているのではないでしょうが、「大事だけどほかに重視すべきことがある」という価値観があるように思います。&lt;/div&gt;&lt;div&gt;でもそれでいいじゃん、動くし実用上は問題ない、といえるのがGoの面白いところだなと思った、というところで締めたいと思います。&lt;/div&gt;&lt;/div&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/6786394476687653393-3294822580935708400?l=blog.jmuk.org' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</ns0:content><ns0:link href="http://www.blogger.com/feeds/6786394476687653393/posts/default/3294822580935708400" rel="edit" type="application/atom+xml" /><ns0:link href="http://www.blogger.com/feeds/6786394476687653393/posts/default/3294822580935708400" rel="self" type="application/atom+xml" /><ns0:link href="http://blog.jmuk.org/2012/05/gohaskell.html" rel="alternate" title="Go言語の型宣言をHaskellから理解する" type="text/html" /><ns0:author><ns0:name>Jun Mukai</ns0:name><ns0:email>noreply@blogger.com</ns0:email><ns1:image height="32" rel="http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail" src="//lh3.googleusercontent.com/-5nUMHsi0Bz8/AAAAAAAAAAI/AAAAAAAARIM/-7QoqxDCFVQ/s512-c/photo.jpg" width="32" xmlns:ns1="http://schemas.google.com/g/2005" /></ns0:author></ns0:entry><ns0:entry>
    <ns0:id>http://www.jmuk.org/blog/post/z13ucfxq0uuwix3wn04cc3agzvjlivwib4g</ns0:id>
    <ns0:link href="http://www.jmuk.org/blog/post/z13ucfxq0uuwix3wn04cc3agzvjlivwib4g" />
    <ns0:title>うーん、これは要約すると「情報強者でござい、という連中がうっかり引っかかって恥をかくところを眺めるのが虚構新聞のようなサイトの醍醐味」だと言っているように読める。</ns0:title>
    <ns0:content type="html">&lt;a href="http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/3789" &gt;http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/3789&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;うーん、これは要約すると「情報強者でござい、という連中がうっかり引っかかって恥をかくところを眺めるのが虚構新聞のようなサイトの醍醐味」だと言っているように読める。だとすると、わたしとは意見が違うなぁ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いろいろな意見を眺めたが、自分の立ち位置としては、ああいうサイトに引っかかる人を上から目線でこき下ろしたり嘲笑したりするところが一番嫌だな。Twitterや、今回は関係ないけどFacebookや、そういうののユーザを十把一絡げにまとめて罵倒するのを見るのが好きではない。&lt;br /&gt;たぶん、おごちゃんと意見を異にするところだと思うが、人間ってのは間違えるものだ。情報強者だろうがなんだろうが、引っかかるときは引っかかる。これはもうくじ運みたいなもんで、情報強者のほうが引っかかる確率は低いかもしれないけど、ゼロじゃない。そんで、確率が低くてもユーザ数が多いとそれなりの人数は引っかかってしまう人が出てくるのは仕方ない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でまぁ、もちろんだからといって虚構新聞的な存在がダメなわけじゃないのだけど、何を言いたいかというと、「こういうサイトを通してソースを見ることの大切さを学ぶのだ」的な教訓を引き出して正当化するのは筋の良い議論と思わないなーという感じ。ジョークサイトはそのジョークの質で議論すべきだと思います。</ns0:content>
    <ns0:summary>&lt;a href="http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/3789" &gt;http://www.nurs.or.jp/~ogochan/essay/archives/3789&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;うーん、これは要約すると「情報強者でござい、という連中がうっかり引っかかって恥をかくところを眺めるのが虚構新聞のようなサイトの醍醐味」だと言っているように読める。だとすると、わたしとは意見が違うなぁ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いろいろな意見を眺めたが、自分の立ち位置としては、ああいうサイトに引っかかる人を上から目線でこき下ろしたり嘲笑したりするところが一番嫌だな。Twitterや、今回は関係ないけどFacebookや、そういうののユーザを十把一絡げにまとめて罵倒するのを見るのが好きではない。&lt;br /&gt;たぶん、おごちゃんと意見を異にするところだと思うが、人間ってのは間違えるものだ。情報強者だろうがなんだろうが、引っかかるときは引っかかる。これはもうくじ運みたいなもんで、情報強者のほうが引っかかる確率は低いかもしれないけど、ゼロじゃない。そんで、確率が低くてもユーザ数が多いとそれなりの人数は引っかかってしまう人が出てくるのは仕方ない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でまぁ、もちろんだからといって虚構新聞的な存在がダメなわけじゃないのだけど、何を言いたいかというと、「こういうサイトを通してソースを見ることの大切さを学ぶのだ」的な教訓を引き出して正当化するのは筋の良い議論と思わないなーという感じ。ジョークサイトはそのジョークの質で議論すべきだと思います。</ns0:summary>
    <ns0:published>2012-05-16T04:34:18.000Z</ns0:published>
    <ns0:updated>2012-05-16T04:34:18.968Z</ns0:updated>
  </ns0:entry>
  <ns0:entry>
    <ns0:id>http://www.jmuk.org/blog/post/z12iejfjzxvfczinx220tnbyvwfqz3lt3</ns0:id>
    <ns0:link href="http://www.jmuk.org/blog/post/z12iejfjzxvfczinx220tnbyvwfqz3lt3" />
    <ns0:title>こないだのような間違いを減らすべく、gitで現在の作業ブランチをzshのプロンプトに表示するようにしてみた。</ns0:title>
    <ns0:content type="html">こないだのような間違いを減らすべく、gitで現在の作業ブランチをzshのプロンプトに表示するようにしてみた。ついでに、たまに、手元の環境がいつ頃syncしたものか思い出せないこともあるので最後にsyncした番号も残す。&lt;br /&gt;&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/uasi/20091017/1255712789" &gt;d.hatena.ne.jp/uasi/20091017/1255712789&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;などを参考にしたが、ぼくはzshの通常プロンプトを2行にしているので、これの1行目につっこんでる。こんな感じ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;function git-current-branch() {&lt;br /&gt;  local name&lt;br /&gt;  name=`git symbolic-ref HEAD 2&amp;gt; /dev/null`&lt;br /&gt;  if [[ -z $name ]]; then&lt;br /&gt;    return&lt;br /&gt;  fi&lt;br /&gt;  basename $name&lt;br /&gt;}&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;function git-svn-last-revision() {&lt;br /&gt;  git show master 2&amp;gt; /dev/null | grep &amp;#39;git-svn-id&amp;#39; | sed -e &amp;#39;s/.*\(@[0-9][0-9]*\).*/\1&amp;#39;&lt;br /&gt;}&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;リンク先では、git statusを使って現在のブランチの状態を調べて色を変えるということをしていたけど、これは遅いのでやめた。&lt;br /&gt;で、&lt;br /&gt;setopt prompt_subst&lt;br /&gt;PROMPT=&amp;#39;...  [`git-current-branch``git-svn-last-revision`] %E&lt;br /&gt;%b%# &amp;#39;&lt;br /&gt;みたいな。gitツリーの外だと [] になっちゃうけど、まあいいやって感じ。&lt;br /&gt;ちょっとハマったポイントとしては、prompt_substを使う場合は &amp;#39;~&amp;#39;を使わないといけなくて、&amp;quot;~&amp;quot;だとうまくいかないので注意。</ns0:content>
    <ns0:summary>こないだのような間違いを減らすべく、gitで現在の作業ブランチをzshのプロンプトに表示するようにしてみた。ついでに、たまに、手元の環境がいつ頃syncしたものか思い出せないこともあるので最後にsyncした番号も残す。&lt;br /&gt;&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/uasi/20091017/1255712789" &gt;d.hatena.ne.jp/uasi/20091017/1255712789&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;などを参考にしたが、ぼくはzshの通常プロンプトを2行にしているので、これの1行目につっこんでる。こんな感じ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;function git-current-branch() {&lt;br /&gt;  local name&lt;br /&gt;  name=`git symbolic-ref HEAD 2&amp;gt; /dev/null`&lt;br /&gt;  if [[ -z $name ]]; then&lt;br /&gt;    return&lt;br /&gt;  fi&lt;br /&gt;  basename $name&lt;br /&gt;}&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;function git-svn-last-revision() {&lt;br /&gt;  git show master 2&amp;gt; /dev/null | grep &amp;#39;git-svn-id&amp;#39; | sed -e &amp;#39;s/.*\(@[0-9][0-9]*\).*/\1&amp;#39;&lt;br /&gt;}&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;リンク先では、git statusを使って現在のブランチの状態を調べて色を変えるということをしていたけど、これは遅いのでやめた。&lt;br /&gt;で、&lt;br /&gt;setopt prompt_subst&lt;br /&gt;PROMPT=&amp;#39;...  [`git-current-branch``git-svn-last-revision`] %E&lt;br /&gt;%b%# &amp;#39;&lt;br /&gt;みたいな。gitツリーの外だと [] になっちゃうけど、まあいいやって感じ。&lt;br /&gt;ちょっとハマったポイントとしては、prompt_substを使う場合は &amp;#39;~&amp;#39;を使わないといけなくて、&amp;quot;~&amp;quot;だとうまくいかないので注意。</ns0:summary>
    <ns0:published>2012-05-14T17:05:38.000Z</ns0:published>
    <ns0:updated>2012-05-14T17:05:38.099Z</ns0:updated>
  </ns0:entry>
  <ns0:entry>
    <ns0:id>http://www.jmuk.org/blog/post/z12efvwhatrezpouc220tnbyvwfqz3lt3</ns0:id>
    <ns0:link href="http://www.jmuk.org/blog/post/z12efvwhatrezpouc220tnbyvwfqz3lt3" />
    <ns0:title>『アヴェンジャーズ』見てきたよ！</ns0:title>
    <ns0:content type="html">『アヴェンジャーズ』見てきたよ！&lt;br /&gt;たいへんヨイ感じでした。アクションに次ぐアクションな娯楽映画でした。単品映画のある面々はもちろん、ブラックウィドウやホークアイも含めて全員にきちんと見せ場があるのが素晴らしい。というか、これまでの映画では顔見せ程度であまり活躍していなかったけど、ブラックウィドウとホークアイもメインキャラの一角なのでふつうに活躍していて、ブラックウィドウなどほぼ主人公かと思った。ホークアイも超カッコいい！　これからはアーチェリーが流行るね。オレの中で。&lt;br /&gt;とくに、全員に見せ場を作りながらも敵味方が入り乱れて戦うラストバトルは、そのわりにとっちらかっておらず、とても見応えがある。&lt;br /&gt;尺が長いのが難点だけど、シンプルなストーリーのわりにあんまり長さは感じられなかったなあ。ダレてない。まあ、長い尺の大半は、各キャラに見せ場を作りつつのアクションだからかな。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あと、トレイラーには全然出てきてないと思うけど、アイアンマンの新しい装着シークエンスが出てきます。これもカッコ良かった。このシークエンスだけでマスト見るべしですよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3Dで見に行ったけど、3Dっぽい良さはあんまないので、どっちでも可。</ns0:content>
    <ns0:summary>『アヴェンジャーズ』見てきたよ！&lt;br /&gt;たいへんヨイ感じでした。アクションに次ぐアクションな娯楽映画でした。単品映画のある面々はもちろん、ブラックウィドウやホークアイも含めて全員にきちんと見せ場があるのが素晴らしい。というか、これまでの映画では顔見せ程度であまり活躍していなかったけど、ブラックウィドウとホークアイもメインキャラの一角なのでふつうに活躍していて、ブラックウィドウなどほぼ主人公かと思った。ホークアイも超カッコいい！　これからはアーチェリーが流行るね。オレの中で。&lt;br /&gt;とくに、全員に見せ場を作りながらも敵味方が入り乱れて戦うラストバトルは、そのわりにとっちらかっておらず、とても見応えがある。&lt;br /&gt;尺が長いのが難点だけど、シンプルなストーリーのわりにあんまり長さは感じられなかったなあ。ダレてない。まあ、長い尺の大半は、各キャラに見せ場を作りつつのアクションだからかな。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あと、トレイラーには全然出てきてないと思うけど、アイアンマンの新しい装着シークエンスが出てきます。これもカッコ良かった。このシークエンスだけでマスト見るべしですよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3Dで見に行ったけど、3Dっぽい良さはあんまないので、どっちでも可。</ns0:summary>
    <ns0:published>2012-05-13T01:09:53.000Z</ns0:published>
    <ns0:updated>2012-05-13T01:09:53.288Z</ns0:updated>
  </ns0:entry>
  <ns0:entry>
    <ns0:id>http://www.jmuk.org/blog/post/z12ayz4bkr2ddpfha04cc3agzvjlivwib4g</ns0:id>
    <ns0:link href="http://www.jmuk.org/blog/post/z12ayz4bkr2ddpfha04cc3agzvjlivwib4g" />
    <ns0:title>最近は仕事で使うVCSはもっぱらgitなのですが、今さっきハマったトラブルと解決策についてのメモ。</ns0:title>
    <ns0:content type="html">最近は仕事で使うVCSはもっぱらgitなのですが、今さっきハマったトラブルと解決策についてのメモ。&lt;br /&gt;Chromiumでは、というかたいていのgitのワークフローではそうだと思いますが、作業ブランチをつくってそこにコミットしていき、ローカルの差分をどこかにアップロードしてレビューしたり、中央のmasterにプッシュしたらその作業単位は完了、みたいな流れになると思います。&lt;br /&gt;今日は、手元のパッチに間違いがあって、ふつうに git commit -a --amendなどとして一息ついてから、今いるのが作業ブランチではなくてmasterだったということに気づいたというケース。amend commitの段階では間抜けなことに気づいておらず、つまり、他の誰かが書いたパッチに自分の修正を混ぜ込んでmasterに放り込んでしまった。以降masterからプルしたらコンフリクトが発生するだろうし、どうにかしないといけない。焦ってgit revertしたら、さらに「そのパッチを取り消すパッチ」が作られてコミットされてしまって余計焦った。&lt;br /&gt;いったん落ち着いて、ぐぐってみたり、以前に似たようなケースで社内のgitラバーの人の発言を思い出してみたりすると、git rebaseを使えばよいということがわかった。git rebase -i &amp;#39;HEAD~3&amp;#39; などとして、先端から3つぶんを改めて見直し、取り消したいパッチ(まちがってamendしたやつとまちがってrevertしたやつ)を消す。これで、手元のレポジトリから問題のパッチを抹消できる。&lt;br /&gt;あとはもう一度プルしなおせば、正しいものが改めて降ってくるので、これで問題は解決。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ということで結論としては git rebase は便利なので習得しておくべきと思いました。</ns0:content>
    <ns0:summary>最近は仕事で使うVCSはもっぱらgitなのですが、今さっきハマったトラブルと解決策についてのメモ。&lt;br /&gt;Chromiumでは、というかたいていのgitのワークフローではそうだと思いますが、作業ブランチをつくってそこにコミットしていき、ローカルの差分をどこかにアップロードしてレビューしたり、中央のmasterにプッシュしたらその作業単位は完了、みたいな流れになると思います。&lt;br /&gt;今日は、手元のパッチに間違いがあって、ふつうに git commit -a --amendなどとして一息ついてから、今いるのが作業ブランチではなくてmasterだったということに気づいたというケース。amend commitの段階では間抜けなことに気づいておらず、つまり、他の誰かが書いたパッチに自分の修正を混ぜ込んでmasterに放り込んでしまった。以降masterからプルしたらコンフリクトが発生するだろうし、どうにかしないといけない。焦ってgit revertしたら、さらに「そのパッチを取り消すパッチ」が作られてコミットされてしまって余計焦った。&lt;br /&gt;いったん落ち着いて、ぐぐってみたり、以前に似たようなケースで社内のgitラバーの人の発言を思い出してみたりすると、git rebaseを使えばよいということがわかった。git rebase -i &amp;#39;HEAD~3&amp;#39; などとして、先端から3つぶんを改めて見直し、取り消したいパッチ(まちがってamendしたやつとまちがってrevertしたやつ)を消す。これで、手元のレポジトリから問題のパッチを抹消できる。&lt;br /&gt;あとはもう一度プルしなおせば、正しいものが改めて降ってくるので、これで問題は解決。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ということで結論としては git rebase は便利なので習得しておくべきと思いました。</ns0:summary>
    <ns0:published>2012-05-11T17:45:46.000Z</ns0:published>
    <ns0:updated>2012-05-11T17:45:46.897Z</ns0:updated>
  </ns0:entry>
  <ns0:entry>
    <ns0:id>http://www.jmuk.org/blog/post/z13sj11hooetyrkl4220tnbyvwfqz3lt3</ns0:id>
    <ns0:link href="http://www.jmuk.org/blog/post/z13sj11hooetyrkl4220tnbyvwfqz3lt3" />
    <ns0:title>出張の機内で『アーティスト』を見ました。</ns0:title>
    <ns0:content type="html">出張の機内で『アーティスト』を見ました。&lt;br /&gt;これは良いね。サイレント映画末期、スターだった俳優と、トーキーでブレイクした女優、明暗を分けた二人のラブストーリー。映画自体がサイレントで制作されているという凝った作りで、まじめにサイレント映画をみたのも初めてかもしれず、ちょっと新鮮味すらあった。また、一部でトーキーになるカットがあるのだけど、この演出が大変劇的になっているのが素晴らしい。&lt;br /&gt;ただ、ラストシーンはどうなんだろう、個人的にはちょっと微妙な気分かなぁ。批判したいわけではないのだけど、ちょっと何か違うような気がする。&lt;br /&gt;それにしても「ヒューゴ」といいこれといい、なんなんでしょうね。</ns0:content>
    <ns0:summary>出張の機内で『アーティスト』を見ました。&lt;br /&gt;これは良いね。サイレント映画末期、スターだった俳優と、トーキーでブレイクした女優、明暗を分けた二人のラブストーリー。映画自体がサイレントで制作されているという凝った作りで、まじめにサイレント映画をみたのも初めてかもしれず、ちょっと新鮮味すらあった。また、一部でトーキーになるカットがあるのだけど、この演出が大変劇的になっているのが素晴らしい。&lt;br /&gt;ただ、ラストシーンはどうなんだろう、個人的にはちょっと微妙な気分かなぁ。批判したいわけではないのだけど、ちょっと何か違うような気がする。&lt;br /&gt;それにしても「ヒューゴ」といいこれといい、なんなんでしょうね。</ns0:summary>
    <ns0:published>2012-05-08T07:00:25.000Z</ns0:published>
    <ns0:updated>2012-05-08T07:00:25.265Z</ns0:updated>
  </ns0:entry>
  <ns0:entry>
    <ns0:id>http://www.jmuk.org/blog/post/z12vxpbznwmyexmrv04cc3agzvjlivwib4g</ns0:id>
    <ns0:link href="http://www.jmuk.org/blog/post/z12vxpbznwmyexmrv04cc3agzvjlivwib4g" />
    <ns0:title>Hmm, I finally noticed that some Kindle books could somehow be stopped to be delivered to my device.</ns0:title>
    <ns0:content type="html">Hmm, I finally noticed that some Kindle books could somehow be stopped to be delivered to my device.  I heard &amp;quot;Drowned Cities&amp;quot; by Paolo Bacigalupi has Kindle version already, but I couldn&amp;#39;t find it.  And there is a review with Kindle version too.&lt;br /&gt;Probably that&amp;#39;s because I&amp;#39;m in Japan.  I changed my address in &amp;quot;Manage your Kindle&amp;quot; page, then suddenly the Kindle version link appeared.&lt;br /&gt;I&amp;#39;m happy then, but I&amp;#39;m afraid that some side effect may happen once Kindle store is launched in Japan.</ns0:content>
    <ns0:summary>Hmm, I finally noticed that some Kindle books could somehow be stopped to be delivered to my device.  I heard &amp;quot;Drowned Cities&amp;quot; by Paolo Bacigalupi has Kindle version already, but I couldn&amp;#39;t find it.  And there is a review with Kindle version too.&lt;br /&gt;Probably that&amp;#39;s because I&amp;#39;m in Japan.  I changed my address in &amp;quot;Manage your Kindle&amp;quot; page, then suddenly the Kindle version link appeared.&lt;br /&gt;I&amp;#39;m happy then, but I&amp;#39;m afraid that some side effect may happen once Kindle store is launched in Japan.</ns0:summary>
    <ns0:published>2012-05-06T01:15:49.000Z</ns0:published>
    <ns0:updated>2012-05-06T01:15:50.013Z</ns0:updated>
  </ns0:entry>
  <ns0:entry>
    <ns0:id>http://www.jmuk.org/blog/post/z12thz2rbnejtzgam04cc3agzvjlivwib4g</ns0:id>
    <ns0:link href="http://www.jmuk.org/blog/post/z12thz2rbnejtzgam04cc3agzvjlivwib4g" />
    <ns0:title>昨日飲んでいる時に、Google+をissue trackerとして愛用している、という話を聞いて、そうなのか、と納得したのだけど、あとになってから考えてみるに、なんかの基準(プライオリティとか)でソートできないのは不便じゃないですか？</ns0:title>
    <ns0:content type="html">昨日飲んでいる時に、Google+をissue trackerとして愛用している、という話を聞いて、そうなのか、と納得したのだけど、あとになってから考えてみるに、なんかの基準(プライオリティとか)でソートできないのは不便じゃないですか？&lt;br /&gt;もっとカジュアルに、フロー感覚でバグ報告を見てこなしていって、記録が必要になってからよそのまともなissue trackerに転載する、っていう感じなのかな。ソートが必要なのはそういう記録のほうだから、みたいな。</ns0:content>
    <ns0:summary>昨日飲んでいる時に、Google+をissue trackerとして愛用している、という話を聞いて、そうなのか、と納得したのだけど、あとになってから考えてみるに、なんかの基準(プライオリティとか)でソートできないのは不便じゃないですか？&lt;br /&gt;もっとカジュアルに、フロー感覚でバグ報告を見てこなしていって、記録が必要になってからよそのまともなissue trackerに転載する、っていう感じなのかな。ソートが必要なのはそういう記録のほうだから、みたいな。</ns0:summary>
    <ns0:published>2012-05-02T04:40:22.000Z</ns0:published>
    <ns0:updated>2012-05-02T04:40:22.924Z</ns0:updated>
  </ns0:entry>
  <ns0:entry>
    <ns0:id>http://www.jmuk.org/blog/post/z13sg1t5kxqjg3ugu04cc3agzvjlivwib4g</ns0:id>
    <ns0:link href="http://www.jmuk.org/blog/post/z13sg1t5kxqjg3ugu04cc3agzvjlivwib4g" />
    <ns0:title>土山しげる『極食キング』4巻</ns0:title>
    <ns0:content type="html">土山しげる『極食キング』4巻 &lt;a href="http://amzn.to/JPZZbM" &gt;http://amzn.to/JPZZbM&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いやあ、今回もすごかったですね。ラーメン勝負で勝った料理の名前がほんとうにどうしようもなくてグッタリしました。思えば『食キング』のころはもうちょっとまともな名前をつけていたと思うのですが……越後ショートとか長崎端麗ラーメンみたいな「お前それそのまんますぎだろ！」みたいな名前が多かったと思いますが、『極食キング』になってからは、舞妓さんの彼女がいる料理人のレストランに「My好飯」(まいこーはん、と読む)だとか、5つのレストランで別々のハヤシライスを出す「五人囃シ」(ごにんはやし)だとか、どーーーでもいいダジャレ感満載のメニュー名を考案してきていい具合でしたが今巻もほんとにしょうもない。「癒し中華」はないだろマジで……。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3巻になってから、同作者の『喧嘩ラーメン』のキャラクターとの本格的な対決がはじまり、これはまあそういうクロスオーバーシリーズになっていくのだろうか、という読者の予想がいい意味で裏切られます。掲載誌の「食漫」が休刊になって掲載誌を別冊ゴラクに移し、長期の展開が組み立てづらくなったからでしょうか、ほとんど様式美とも言うべきしょうもない再建話が立て続いて読者の体力を消耗させます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もともと『食キング』は、どうにも立ち行かなくなった料理店が一縷の希望から再建を依頼、料理人の心を取り戻して復活するという展開なんですが、毎度毎度、役に立っているんだか立っていないんだかよくわからない謎の特訓をする、というあたりがキモなわけです(詳細は &lt;a href="http://www.mandarake.co.jp/information/column/iwai/food/031/index.html" &gt;http://www.mandarake.co.jp/information/column/iwai/food/031/index.html&lt;/a&gt; などを参照)。&lt;br /&gt;今回でいうと、脱サラして唐揚げ店を始めた店主の特訓が白眉かと思われ、どんな特訓かというともとの職場でもとの仕事をさせる、というものでして、何の意味があるのかと疑問に思われる方もおられるかもしれませんが読み終えても意味はやはり全くわからず、ものすごい投げっぱなしのオチで終わるのはさすがに仰天しました。&lt;br /&gt;これはこのまま短編シリーズを続けて今巻で完結するのかなと思ったら思わせぶりなところで続く、というのもまたすごい展開でして、さっきから俺この文章でこの漫画をまったく褒めてないと思うんですがこれはやはりスゴイと思っているわけなんです。しかしこの凄さを文章で伝えるのは難しい。前巻、飯を食って涙を流して改心した連中のエピソードが2コマでまとまってるあたりとか相当笑えるんですが、これはなんと言えばいいんですかね……。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで松山の兄弟の修行はなんだったんですかね今さらどうでもいいけど。</ns0:content>
    <ns0:summary>土山しげる『極食キング』4巻 &lt;a href="http://amzn.to/JPZZbM" &gt;http://amzn.to/JPZZbM&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いやあ、今回もすごかったですね。ラーメン勝負で勝った料理の名前がほんとうにどうしようもなくてグッタリしました。思えば『食キング』のころはもうちょっとまともな名前をつけていたと思うのですが……越後ショートとか長崎端麗ラーメンみたいな「お前それそのまんますぎだろ！」みたいな名前が多かったと思いますが、『極食キング』になってからは、舞妓さんの彼女がいる料理人のレストランに「My好飯」(まいこーはん、と読む)だとか、5つのレストランで別々のハヤシライスを出す「五人囃シ」(ごにんはやし)だとか、どーーーでもいいダジャレ感満載のメニュー名を考案してきていい具合でしたが今巻もほんとにしょうもない。「癒し中華」はないだろマジで……。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3巻になってから、同作者の『喧嘩ラーメン』のキャラクターとの本格的な対決がはじまり、これはまあそういうクロスオーバーシリーズになっていくのだろうか、という読者の予想がいい意味で裏切られます。掲載誌の「食漫」が休刊になって掲載誌を別冊ゴラクに移し、長期の展開が組み立てづらくなったからでしょうか、ほとんど様式美とも言うべきしょうもない再建話が立て続いて読者の体力を消耗させます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もともと『食キング』は、どうにも立ち行かなくなった料理店が一縷の希望から再建を依頼、料理人の心を取り戻して復活するという展開なんですが、毎度毎度、役に立っているんだか立っていないんだかよくわからない謎の特訓をする、というあたりがキモなわけです(詳細は &lt;a href="http://www.mandarake.co.jp/information/column/iwai/food/031/index.html" &gt;http://www.mandarake.co.jp/information/column/iwai/food/031/index.html&lt;/a&gt; などを参照)。&lt;br /&gt;今回でいうと、脱サラして唐揚げ店を始めた店主の特訓が白眉かと思われ、どんな特訓かというともとの職場でもとの仕事をさせる、というものでして、何の意味があるのかと疑問に思われる方もおられるかもしれませんが読み終えても意味はやはり全くわからず、ものすごい投げっぱなしのオチで終わるのはさすがに仰天しました。&lt;br /&gt;これはこのまま短編シリーズを続けて今巻で完結するのかなと思ったら思わせぶりなところで続く、というのもまたすごい展開でして、さっきから俺この文章でこの漫画をまったく褒めてないと思うんですがこれはやはりスゴイと思っているわけなんです。しかしこの凄さを文章で伝えるのは難しい。前巻、飯を食って涙を流して改心した連中のエピソードが2コマでまとまってるあたりとか相当笑えるんですが、これはなんと言えばいいんですかね……。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで松山の兄弟の修行はなんだったんですかね今さらどうでもいいけど。</ns0:summary>
    <ns0:published>2012-05-01T16:49:45.000Z</ns0:published>
    <ns0:updated>2012-05-01T16:49:45.670Z</ns0:updated>
  </ns0:entry>
</ns0:feed>
