Archive for January, 2010

鹿野司『サはサイエンスのサ』

Posted by 向井 淳 on Sunday, 31 January, 2010


鹿野司さんという科学ライターがいる。代表作はやっぱり、『オールザットウルトラ科学』! ログインで毎号2ページの科学コラムは多くの少年を科学の道にいざなった(とおもう)。その鹿野さんが95年から15年もS-Fマガジン誌上で連載している(現在も継続中)連載コラムが「サはサイエンスのサ」で、本書はそれの一部からまとめたもの。『巨大ロボット誕生』から12年ぶりの単著となる。

一部をまとめたといっても、単に再録しているだけの本じゃなくて、ものすごくあれこれ手が入っている。たとえば、15年も前のエッセイなんか古びちゃってるかもだけど、データは新しいものに差し替えられていたりする。また、「カラダを変えるサイエンス」という生命科学ネタの章、「ココロを変えるサイエンス」として宗教や精神ネタの章、「セカイを変えるサイエンス」として人間の認知や社会の話、「ミライを変えるサイエンス」としてITと環境ネタ、という4つの章にわけられていて、毎号いろんなトピックだったものをこれらの章に改めて再配置。その上で、わりと独立してたエッセイをうまくつなげて、各回の境界をさほど意識しないように書き直している。連載を読んでいたという人も再読する価値のある本だ。

鹿野さんは科学ライターとしてユニークだと思う。ユニークさの第一はその軽い文体だ。飄々としてフマジメにすら見える文体は科学エッセイとしては珍しい。だいたい科学エッセイなるものは、だである調でお固く解説しがちなものなんだけど、鹿野さんだけ「なのねん」とかいう語尾で軽々と説明していく。妙に固いところがなく、でもわかりやすい。

第二は、独自の「俺理論」をわりと駆使しがちなところだ。科学ライターとしても、できるだけ正確に学者の言っていることをそのまま書き写したいタイプと、自分で咀嚼して紹介するタイプがいるが鹿野さんは断然後者だ。こういうタイプは、理解が浅いと悲惨な事になるのだが、鹿野さんはその俺理論も結構楽しく読めてしまうし、咀嚼しきってしまうから、「◯◯の研究のすごいところは、××なところだ」とか断言をわりとしてしまう。その断言に、なるほどと思わせるところやはっとさせられるところがある。

本当のことを言うと、鹿野さんの俺理論のなかには個人的には首肯しかねるところもある。本書を読んでいても、実はちょっとつらいところもあるにはあった。専門家にとっては「それはちょっと違う」とか「言い過ぎ……」みたいに感じるところもそれぞれあるんじゃないだろうか。ただ、全体としてはやっぱりとても面白いし、それに含蓄もある。広く読まれるべき軽妙なエッセイだと思っている。

おすすめです。

サはサイエンスのサ


かいじゅうたちのいるところ

Posted by 向井 淳 on Tuesday, 26 January, 2010

かいじゅうたちのいるところ

なかなかいい映画でした。もとは絵本ですが、完全に大人向けのストーリーになっています。そのわりに寓意がわかりやすすぎるのはちょっとどうかと思ったんですが、まあ。

一方、映像はとてもいいですね。森の風景や砂丘といった風景もいいし、なによりかいじゅうたちがいい。着ぐるみなんですが、これが実に着ぐるみ感にあふれたちょっと可愛らしい質感で、とてもよかった。その割に体当たりすぎる演技なのも見どころで、砂丘では転がっていくわ、かいじゅう踊りでは島中を走りまわるわ、溝にはまるわで「中の人スゲーな」とつくづく思いました。いや、中の人などいません。

ところで映画を見終わった後に原作(未読)も読んでみましたけど、ぜんぜん違う話なんですね。物語の構成が全く違っていて、映画はかいじゅう踊りは物語のはじまりの合図ですが、絵本ではそこはクライマックスなんですよね。だから、上でわかりやすすぎると書いた寓意は映画オリジナル。

ところが、それぐらいはむしろ瑣末なもので、根本的に違うのは主人公、マックスの性格付けではないかと思います。絵本のマックスはしかめ面でやんちゃな男の子といった感じですが、映画のマックスは空想癖があって一人で遊ぶのが好きな、か弱い子になっています。この違いは重要で、かいじゅうたちの王様になる過程も、家に戻る理由も、かなりの部分が変化しています。しかし、何を考えてるかはよくわからない(というか曖昧なので読者に想像の余地を与える)絵本とちがって、空想にふけりがちで聞き分けのないマックスはこれはこれで感情移入しやすく、これは二時間の映画としては正しい選択ではないかと思いました。なにより演じているマックス・レコーズがよく、繊細そうなマックスを好演していたと思います。


柴野さんのこと

Posted by 向井 淳 on Sunday, 17 January, 2010

柴野拓美さんが亡くなったらしい。

わたしはこの世代のSFファンとしては珍しく、柴野さんにお会いし、話したことがある。日本SFファングループ連合会議に関連して柴野さんのお宅に訪問する必要が生じたとき、いっしょについて行ったわけである。

その時の思い出は二つある。

ひとつは、柴野さんより訳書である『スリランカから世界を眺めて』を頂いたことである。本棚見学をしていて余っていたので一冊いただいたわけだ。この本はサンリオSF文庫で出たあとでハヤカワ文庫NFとして出直された。私はハヤカワ版を頂いた。サンリオ版とハヤカワ版、どちらが欲しいか訊ねられ、「さ、サンリオ版を……」と言いかけたところ、ハヤカワ版の方が訳を直したからいいのだが、とおっしゃったので、ハヤカワ版の方を頂いたのである。もちろん、サインももらった。

もうひとつは、ちょっとした雑談のときの思い出である。柴野さんといえば、いつもにこにこと笑っておられる温厚なおじいさんという印象を当時のわたしはもっていた。実際そういう人物だった。しかし、柴野さんを知る人からの証言から判るように、柴野さんは妥協を許さない人でもあった。SFかくあるべし、という理念があり、いいものはいいといい、悪いと思ったものはすぐに指弾する人だったという。

で、雑談。話は当時のSFマガジンの、とある連載の話になった(柴野さんの人柄を伝えるのが目的であり、批判を残すことが目的ではないので、具体的な話はここでは避ける)。どう思う、と普通に感想を聞いてこられたのだが、困ったことに個人的にはあまり面白いとは思っていなかった。柴野さんがどういう思いなのかわからなかったので、わたしはごく無難に「いや個人的にはあれはちょっと……」といった言葉の濁し方をした。すると柴野さんは我が意を得たりといった表情で「そうでしょう」といい、それから的確だがなかなか厳しい指摘をされた。こちらの方がむしろびっくりしてしまい、どう反応していいのかわからず困ってしまったぐらいだ。

正直に言うと、柴野さんのお宅を訪ねるという目的についても、下世話ないい方をすれば隠居した長老への挨拶といった意味合いで考えていた。けれど、びっくりすると同時にわかったのは、このじいさんは楽隠居の長老などではぜんぜんない、その当時でもSFマガジンを普通に読み、SFファンにあえば感想を語りあって、好きでない作品があれば遠慮なく批判を展開する、まったく現役のSF読者だったということである。あの年でこれは、すごいなとも思ったし、こう老いたいものだとも思ったものだ。

謹んで哀悼の意を捧げる。


S-Fマガジン2010年2月号

Posted by 向井 淳 on Tuesday, 12 January, 2010

S-Fマガジン 2010年 02月号は創刊50周年記念特大号パート2、国内作家編。

飛浩隆 零號琴

新連載。第1話としては非常にソツがなく、後がたのしみ。+2

山田正紀 フェイス・ゼロ

これはちょっと今ひとつ。主人公の特殊能力がそうだとなぜそうなるのかというところがきちんと説明されておらず、なんとなく読者に意外性を印象づけさせようと頑張ったのみに留まっている印象。-1

椎名誠 問題食堂

暴力的でコミカルな掌編。いきなり遠未来になったところからはノレなかったが、冒頭のいさかいからいきなり暴力沙汰に発展するくだりが楽しい。0

瀬名秀明 ロボ

ちょっとこれはいかんでしょう。当人の意図はさておき、どう読んでもここでいう「自然史家」には作者自身の像を重ねあわせているようにしか読めない。そして自身をこう描いてしまうということに気持ち悪さを感じてしまう。語られているテーマは興味深く読んだのだが。-1

上田早夕里 マグネフィオ

認識・脳をテーマとしたSF。主人公自身も脳に障害を負って自分の好きな女性の顔も認識出来ないという設定や修介との会話のようにビターな味わいが上手い。+2

吾妻ひでお 僕と彼女の微妙な関係

うーん。全然新しくはないけど、この人はこのまんまでいいのかもしれない。+1

谷甲州 ザナドゥ高地

久々の航空宇宙軍史もの。相変わらず渋いがディティールを楽しむべきか。正直、そこまで読み込めなかったが、谷甲州はこの程度の内容でも読ませてしまうなと思った。+1

牧野修 小指の想い出

牧野らしいグロテスクさと上質なエンターテイメントの見事な融合。老人だけが入れる無法地帯、(ボケてるので)記憶を失った主人公とくれば面白くないわけがない。+3

とり・みき SF小僧の花嫁

これどうなんだ。1年後に読んでもわかるのかこれ。直近のネタを拾いすぎでは。-1

水玉螢之丞 SFまで100000光年スペシャル

まあいつもどおりの楽しさですよ。+1

神林長平 確かな自己、固定・変換・開放

ちょっと小説としての体をなしていない。シノプシスを読んでいるような気分になる。シリーズとしては前の話も大して覚えていないから読み進めづらかったし、大して面白い話でもない気がする。-1

林譲治 古の軛

AADDもの。シリーズ番外編? オチというか落とし所は「まあそんなところかなー」という感じがする。しかし、ストリンガーの設定は今ひとつ納得感がないというか、緻密に構成されているというよりその場その場で作者が設定を都合よく解釈しているような不安が残る。俺の読解力がたりないのだろうか。+1

梶尾真治 減速の蹉跌

これもちょっとシノプシス的。もうちょっと掘り下げるところを掘り下げればあざとく泣かせられたのではないか。惜しい感じがした。0

新城カズマ 議論の余地はございましょうが

これはひどい。ここ10年で読んできたSFマガジンに掲載された文章の中でも最悪。すぐに古びそうなことをだらだらと開陳するだけの駄文であり、その上演説をしているだけで小説の体をなしていない。読んでいて怒りがこみ上げてきた。-3

北野勇作 路面電車で行く王宮と温泉の旅一泊二日

これは北野勇作のここ最近のSF短編で最大の収穫じゃないだろうか。「路面電車」のような馴染みのある単語と異形な怪物と組み合わせることで喚起されるイメージが素晴らしい。+2

小林泰三 囚人の両刀論法

小説としてはいかがなものかという構成ではある。対話だけになっちゃっている。囚人のジレンマを題材にしたSF(そんなのが他にどれだけあるかはわからないが)としては、しかしなかなか面白い。「意外な結末」もよかった。0

田中啓文 カッパの王

途中まではなかなかいいじゃん、とか思っていたが最後の一行で脱力した。そう来ますか。そうですか……。0

横山えいじ おまかせ!レスキュースペシャル

なんだか懐古調。スペシャルだからだろうけど。0

冲方丁 メトセラとプラスチックと太陽の臓器

これは面白い。数年前に書かれたエッセイの採録という体裁で描かれるデザイナーベイビーの世界。最初の作者注でうまくネタを割っているやり方が巧みだ。+3

小川一水 アリスマ王の愛した魔物

数学ネタSF。あるいはコンピュータの万能さについて。ぶっちゃけ計算よりはデータソースのほうが重要ですよね、って読んでいて思うがそれは野暮というものか。+2

円城塔 エデン逆行

これは面白い。細部はよくわからないがひさびさにヒット。あまり韜晦していない感じに読めたが、まあ実際のところはよくわからない。+2

coco SFマガジンの早川さん・スペシャル

いつもどおり。ドラマCDはたのしみです。+1

山本弘 地球から来た男

ちょっと感心した。そうか、政治的なテーマをこう描くかと。「まったく身体改造が行われていない人間が、身体改造を必要とする場所に密航する」という設定で未来社会をうまく描きながら、正しく政治的。山本弘は、自分の主張を小説で書くときは主人公に直に言わせるというストレートな方法をよく取っていた気がするが、この話は小説の構造自体にうまく織り込んでいる。+3

森岡浩之 気まぐれな宇宙にて

単純に面白かった。カイパーベルトにワームホールが見つかるという設定はありがちだが、「次にどこに飛ぶかは誰にもわからない」という設定を導入することで物語に意外なふくらみが出ている。ありそうでなかった感じがする。シリーズ化して続けて欲しい。+1

菅浩江 

イディオ・サヴァン的な人たちを集めてSETIデータの解析をする、というシチュエーションを、当のイディオ・サヴァンの立場から描く。50周年スペシャル的な雰囲気が残念ながら少し鼻につく感じがするが、面白くはある。+1

野尻抱介 コンビニエンスなピアピア動画

もう野尻先生は遠いところに行ってしまったなという感じ。これはまあ正しくプロパガンダ小説とみなすべきなのだろう。ニコ動(技術部)に未来を見てしまった人のプロパガンダ。読むと案外面白いのだが、プロパガンダとしては説得力というか誘引力に欠けるのが難点。ソレが好きな人にとっては大傑作なのかもと思う。0

西島大介

雰囲気のみのイラストだがキマってる。+1


ここまでの幅広い作家を揃えられる媒体は存在しないという意味で、この号は00年代の日本SFのショウケースとして、後々までも親しまれることになるだろう。特に森岡浩之のように次いつ載るかわからないレベルの作家がかなり多い。2500円とかなりの値段ではあるけど、ぜひご家庭に一冊取り揃えておきたい。

もっとも作品の質は意外とばらばら、というか個人的には気に入らないものもけっこうある。それに関連するが、ちょっと食い足りないというか、梗概のような作品がわりと多い。多くの作家を収めたい関係上、枚数指定が厳しかったのかなと邪推している。

内容については、50周年ということでそういうテーマの小説もあるのかなと思っていたが、意外なほどみんな無頓着だったようだ。菅浩江が律儀にそこを取り入れているぐらいか……。まぁ、これはそういうものかもしれない。ただ逆に、「今」を取り入れすぎて失敗しているようなものが多いのではと感じた。最新のテーマを取り込むのが悪いことだとは思わないが、せめて1年後にも古びていない強度をもって書いて欲しいものだと思う。

ちなみに、先日出たNOVA 1とはわりと著者がかぶっている。それはそういうものだから仕方ないが、両方に掲載した著者の作品をあえて比較をすると、個人的な好みはSFM掲載作の方が近い。北野勇作、山本弘、円城塔はSFMの方が好み、小林泰三と田中啓文は比較不能だが強いていうならSFMの方が好みかもというぐらい、飛浩隆もSFMの方が面白いような気がするけど、こちらは連載なのでまだなんともという感じ。牧野修は互角。でも牧野を読んだことがない人に先に勧められるのはSFMの方だろう。


麻生みこと『そこをなんとか』

Posted by 向井 淳 on Monday, 11 January, 2010

あんまり前知識なしに表紙買いしたんですが、これがなかなか面白いまんがでした。現在3巻まで刊行中。

卒業したばかりの新米弁護士、改世楽子(かいせ・らくこ)は未曾有の就職難に遭遇。司法試験新制度の結果として多量の新米弁護士が生み出されていたのだ! それでも持ち前の楽観とパワーで、とある零細弁護士事務所に所属することに。デキるアニ弁(先輩弁護士)の東海林弘明と、元大学教員の所長のもと、改世は難事件(?)を次々に(?)解決(?)していく。

てな粗筋ですが、この話のポイントは主人公のらっこちゃんの性格かなと思いました。この人、実に「イイ性格」をしておりまして、ある面ではごく真っ当でありながら、妙に高いテンションで突っ走ったりして、読んでいて気持ちがいい。話の関係上、離婚調停や外国人の子供の認知のようなともすれば重くなりがちなテーマを扱われることも多いのですが、むしろくすくす笑えるぐらいの雰囲気に仕上がっているのもこのキャラあってこそ。ってか、俺は基本的にこういうのにありがちな「キャラとハートがおおまかカバー」なだけの話は嫌いなんですが、このまんがのいいところはそれだけにはなってないというところかもしれません。2巻の裁判員制度シミュレーションなんか、誰も気付かなかった真理(とおぼしきもの)をズバリついてますからね。それでいてこういうキャラだからこそ楽しい作品になっているのでしょう。3巻からは主人公の同期の赤星君を絡めた微妙なラヴ要素も加わって、楽しくなってきました。しかし赤星くんは不憫すぎてむしろ泣けてきます……。

ところで、読書メーターを見てる感じでは、らっこちゃんのキャラを褒める層と、東海林のメガネ男子ブリに魅了される層に大別されてる感じです。前者が男で後者が女ではないかと勝手に思ってるんですが、だとするとなんとわかりやすいというかなんというか(まあ俺もだが)。

そこをなんとか 1巻 2巻 3巻


『コロぱた』の登場人物名元ネタを紹介するよ

Posted by 向井 淳 on Sunday, 10 January, 2010

コロぱた』というゲームがありまして、面白そうだなと思ってたんですが、ふとその登場人物一覧を見たらどう見ても人工衛星です本当にありがとうございました。でも、そうだということはわかったとしても、実際のところどういう人工衛星かまでは案外知られていないんじゃないでしょうか。私もそんな詳しくないんですが、軽く調べたので紹介したいとおもいます。

ひまわり

ご存知、気象観測衛星。たぶんこのゲームの元ネタの中では群を抜いてメジャーな衛星ではないかと思われます。宇宙開発事業団が継続的に打ち上げ・運用をしており、アジア圏の気象観測に多大な貢献を果たしています。7号は2006年に打ち上げられ、6号とともに運用中。

あすか

X線観測衛星。宇宙科学研究所が93年に打ち上げ、2000年まで観測を続け、多大な科学的発見に貢献しました。

もも

もも1号ともも1号bという2機の人工衛星が存在します。宇宙開発事業団によって運用され、海洋状況の観測などを行った地上観測衛星でした。1号は87年に打ち上げられ95年まで運用、1号bは90年に打ち上げられ96年まで運用されました。

こだま

宇宙開発事業団によって打ち上げ・運用されるデータ中継衛星。静止軌道に位置していて、他の人工衛星などへの通信を中継します。2002年に打ち上げられ、定常運用は終了しましたが、まだ様々な用途に使われる予定です。

つばさ

民生部品・コンポーネント実証衛星、ようするに過酷な環境にいろんな機器を投入してみて、実際のところどれぐらいの耐性があるか実験するためにつくられた衛星です。2002年に宇宙開発事業団によって打ち上げられ、当初の予定以上の成果を得ました。

きらり

技術試験衛星です。レーザ光を使った光通信を衛星間で行うという技術の実証実験のため、2005年に宇宙航空研究開発機構によって打ち上げられました。実際にESA(欧州宇宙機構)の人工衛星との間で初の光通信に成功しました。

のぞみ

火星探査機です。98年に宇宙科学研究所によって打ち上げられ、火星近辺の様々な測定データを収集しましたが、最終的には火星周回軌道への投入に失敗しました。当初は火星上空を回りながら大気などのデータを観測する予定でした。

しんせい

科学観測衛星第1号。つまり、日本で初めて科学観測機器を搭載して打ち上げられた人工衛星です。71年に宇宙科学研究所の前身となる東大の研究所で打ち上げられ、様々な科学データを観測しました。

はるか

97年に宇宙科学研究所より打ち上げられた電波天文衛星で、軌道上から電波を観測しました。また同時に様々な技術の実証実験も行いました。

おおすみ

日本初の人工衛星です。70年に東大の宇宙航空研究所から打ち上げられました。

ひのとり

81年に打ち上げられた太陽観測衛星です。太陽X線フレアを観測しました。

ふじ2号

アマチュア無線の中継などを行うアマチュア衛星で、90年に宇宙開発事業団より打ち上げられ、08年まで運用されました。ちなみに1号は86年、3号が96年に打ち上げられ、現在もふじ3号は運用されています。

ジオテール

92年に宇宙科学研究所より打ち上げられた科学観測衛星です。名前の通り地球の、磁場などを観測しました。当初3年の運用予定でしたが、いまだに運用され続け、観測を継続している長生きな衛星です。


余談:日本の宇宙関係組織について

ところで上の説明ではいちいち打ち上げの組織を入れてみました。日本にはかつて、大雑把に言うと人工衛星を打ち上げる公的組織が2つありまして、ひとつが東大の研究所が前身となる宇宙科学研究所(ISAS)、もうひとつが宇宙開発事業団(NASDA)でした。宇宙研は文部省(当時)の下にあり、主に固体ロケットを使って科学観測衛星を打ち上げていました。一方の事業団は科学技術庁に所属しており、HIIなどの液体ロケットがメインで、気象衛星などのミッションを遂行していました。が、2003年、省庁再編の折に他の航空宇宙系の組織も含めて宇宙航空研究開発機構(JAXA)と呼ばれる組織に統合されました。

ちなみにコロぱたのキャラ中でNASDA系が5、ISAS系が7、JAXAが1ということで若干ISASが多い感じになっています。NASDAの衛星は「もも」とか「うめ」とか「ひまわり」とかのように植物名が多いので使いどころが難しいのかもしれません。もっともISASは「ひのとり」とか「ひてん」とか「れいめい」とかだから人名として考えるとDQN名っぽいかもしれませんが(笑)。そういう中でコロぱたではそれっぽい響きの名前がうまく使われていますね。結果としてこだま家は長女だけISAS系、みたいな感じになっているのを楽しむのもよろしいかと思います。

まあゲームとは一片たりとも関係ないムダ知識だけどね!


カールじいさんの空飛ぶ家

Posted by 向井 淳 on Wednesday, 6 January, 2010

これは年末にみました。

ピクサーの映画って毎年すごいなあと思うんですけど、今年もすごかった。こっちは2Dで見たので3Dでどれぐらいすごいのかはわからないけど、CGアニメってここまでできるのかと本当に感心しました。

エンジニア的に一番燃えるのはやっぱり最初にカールじいさんが家を飛ばすところですよね。1万という風船を煙突から出す! それをCGで表現! どんな計算をすればそれが可能なのかっていう話ですよ。これはスゲースゲーってなります。だってまあ、予告編で見てたのに、実際に劇場で目の当たりにすると小さく「おおっ」って声あげちゃうもんね、あれは。

ただ、風船は確かに凄いんだけども、どっちかというと鬼面人を威すの類で、俺が本当に感心したのはもっと他のところだった。この映画で一番感心したのは、この映画のリアリティレベルが全て「人形劇」のリアリティになっていることなんじゃないかと思う。わかりやすいところでいうと、嵐のシーン、壁に書けられた写真やお皿がカタカタと傾くところで、一斉に、規則的に動いたりするところみたいな演出技法がある。CG的には、衣服の質感が普通の人の服というよりは人形に着せた服という質感になっていたり(身体に対してちょっと厚い感じがする)、そういった細かいところがひとつひとつきちんとしている。結果として(そういうストーリーだというのもあるが)油断しているとCGアニメだというのを忘れて人形劇を見ているかのような錯覚を与えてしまう映像が出来上がっている。

これはすごいことですよ。

3DCGのゴールの一つにはやはり、現実と見紛うばかりの絵をつくるとか、それを動かす、みたいなところがあるはずで、でもそれは達成されちゃったゴールではある。お金をかければそれぐらいはできますが何か、みたいな。ピクサーがこの映画でやっているのは言ってみればその一つ先で、別な現実感みたいなものを作り上げちゃったことなんじゃないかと、そんなことを思いました。


AVATAR

Posted by 向井 淳 on Tuesday, 5 January, 2010

見たよ! 病み上がりの3日に、川崎のIMAX 3Dで見た。前評判通りのすンごい映像体験でありましたさ。

とにかく前編が3D前提で作られていて、なんてことない場面も含めてかなりのシーンが3Dになってるので、こらまァたしかに3Dで見ないと全然意味がない作品でありましょう。IMAXがベストらしいので首都圏なら川崎か埼玉で見るしかないんだそうな。

3Dといっても、誰かがどこかで書いていたけど、弓矢とか武器が観客に向けて飛んでくるようなわかりやすい虚仮威しではなくて、もっと舞台の遠近感をだすような使い道になっている。舞い散る火の粉が前に奥にと飛んでいたり、それとなく基地のいろんなパーツが遠近感を持っていたり……しかし、なんといっても「パンドラ」の姿が素晴らしい。樹木あふれる自然の地で原住民たちと主人公たちが跳んだりはねたり、馬らしき動物に乗ったり、竜みたいな動物に乗って飛んだりするわけで、この移動の感覚、疾走感、そしてなにより飛翔するふわりとした感じに3Dが大いに貢献している。貢献しすぎて、正直酔いました(先述したように正月早々風邪を引いたというのもあり、体調が悪かったてのもあるけど、ダメな人は相当ダメだと思う、あれは)。「虚仮威し」にありがちな、戦闘シーンの3Dとかはむしろあんま大した事になっておらず、スピード感があると奥行きがわかりづらくなるからかな、と思ったけど、原住民の普段の描写で3Dが極めて効力を発揮していてすごいことになっていた。クライマックスのガッツンガッツンした戦闘はむしろ心安らかに見ることができて、中盤の方が気分悪かったぐらい(笑)。んで、パンドラっていうのがなんでああいう緑豊かで木々や地形が複雑な環境なのかっていうと、テーマ以上に「3D映り」をよくしたいからなんだよね。そういう点を本当によく考えて作った作品なんだよなーって思いながら見てました。

一方、ストーリーはダメだダメだとさんざん耳にしていたけど、ここまでダメだとは思わなかったレベル。この映画は映像が全てなのでストーリーとかはオマケみたいなもんで、それこそ子供でもわかるようなわかりやすーい話にしといたから映像を楽しんでね、ということなのである、といった言い訳も聞いたことあるけど、それも納得というか。さすがに見ててイラッとくるところもあるわけですが、そこはしかし広い心で受け止めたい。あと、ストーリーというかキャラクターでいうと、大佐(演: スティーヴン・ラング)が素晴らしかったのでそこは特筆しておきたい。

この話は、ようするにパンドラという新天地に鉱物資源を採取しに行ったら原住民がいたのでそいつらを弾圧しようとしている人類側と、原住民の対立という話なわけですが、その人類側の最大の悪役が、人類側の軍部を統率する大佐という人で、この人が実に解りやすい悪役なのね。こんな「悪役の記号」にまみれたキャラ、いくらハリウッド映画でも久しぶりに見た!って思ったぐらいですよ。軍用機のコクピットで指揮を執りながらコーヒーを飲んでたり、「よくやった、最初の一杯は俺のオゴリだ!」と兵を労ったりする、豪放磊落で無神経な軍人キャラですが、わかりやすく悪逆非道。原住民が神聖視している「神の木」に焼夷弾を打ち込んで燃やしておいて、逃げ惑う原住民を見て笑いながら「ゴキブリはこう追い払う」ですからね。ありえねーですよ。どんなエンターテイメントの悪役でもこんなコテコテじゃねえってぐらいわかりやすくてイカスキャラでした。素晴らしい。

ストーリーについてはそれぐらいですが、改めて映像はやっぱスゴイなと思いました。3D!3D!っていうところをどうしても強調したくなりますけど、CG技術もかなり極まってましてスゲエ!という感じ。そっちはもう、技術的にはこうなるだろうてのはわかっていたことなわけですが、まさにそれをやり遂げてしまったという凄みがある。ありました。年末に『カールじいさんの空飛ぶ家』も見たんだけど(その感想もいずれ書こう)、あれとはまさに正反対の方向性なわけだよね。役者がちゃんと演技して、それをもとにCGにする。「アバター」という作中のテクノロジーが、映画のCGキャラクターのメタファーにもなっている点も興味深い。

興味深いといえば、主人公であるジェイクの描かれ方も興味深いもののひとつ。ジェイクは元海兵隊という設定なのだけど、戦傷で足を痛めており、車椅子でないと動けない。それがまた、アバターに乗り移ったときの躍動感にも繋がるわけだけど、ここで注目したいのは人間としてのジェイクの描かれ方のほう。車椅子からアバターのポッドへを乗るとき、ちゃんと上半身を使ってまず腰をのせ、それから両手を使って足をポッドに突っ込むといった所作がいちいち細かい。そしてなにより、足が萎えているのだ。上半身の筋肉ではありえないぐらいの足の痩せ方は役作りとしては考えられず、やはりアバターと同じ技術によってCGで描き出されているのだろう。明確に「アバター」と「人間」が分かたれている映像だから、うっかりすると「人間の姿」は役者が演じたものそのままであり、異星人の姿はCGを使って加工したものであると認識してしまいがちだけど、もうそんな区別なんか必要ないんだよね。

そういうわけで、すンごい映像でしたぜ。いや、まあ。


明けましておめでとうございます

Posted by 向井 淳 on Friday, 1 January, 2010

正月早々風邪を引きました。いやあ参った。医者もやってないので、家で寝ることにします。今年の抱負、いろいろ考えるところもないではないですが、この状態ではちょっとまとまるものもまとまりません。なるべく無病息災にて過ごしたいなあというぐらいしか思いつかない現状であります。

てなわけで、今年もよろしくお願いします。