Archive for July, 2008

mixi が iPhone アプリケーション

Posted by 向井 淳 on Wednesday, 30 July, 2008

http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20378014,00.htm

そう来たかという感じで。

ああそう、書きわすれましたがこないだ iPhone を買いました。あたらしい連絡先を知りたい人は連絡してね。

さて、そんなわけで iPhone をいろいろ遊んでいて楽しいんですけど、一般のウェブページはやっぱり使いやすいとは言えない。携帯用ページがそうであるように iPhone には iPhone 用の使いやすいレイアウトやページデザインというのがあるのだなあとあらためて実感します。たとえばサイドバーのあるページはとにかく使いづらい。拡大して本文だけが表示されるようにして閲覧しますけど。

買う前はなんとなく、日本でケータイ版ページという文化が勃興して文化圏を形成したように iPhone も似たような状況が(アメリカあたりで)生まれるんじゃないかなあ、と思っていて、とくに iPhone を買ってすぐもそんなようなことを思ってました。「どこでもウェブページを見られるかわりにケータイサイトは見られない」のではなくて、そのどちらでもないナニカなんじゃないかなぁと。

でも買っていろいろ使ってみると iPhone Safari の UI ってそういう意味ですごく使いやすいわけでもないのですよね。 iPhone 版の Yahoo トップページも、 Google Reader もけっこういいんですけど、 Safari であるがゆえの制約みたいなものがある。そこを突き詰めるとアプリを開発して配布ということになるのかも、と思ってました。というか、たとえば facebook アプリはまあまあ悪くないし、 new york times が専用アプリを出してるんですよね。そんな状況を見ながらそう思いました。そうやって各サービスが別個にアプリをリリースするのがいいことなのかはわからないんですけど。 mixi アプリというのもその方向性ですかね。

ただ、ちょっと使ってみたところいかにも慌てて作った感じで練り込みが足りないですけど>mixiアプリ


思い出が目を覚ましてる 『海腹川背 SOUNDTRACK』

Posted by 向井 淳 on Sunday, 27 July, 2008

海腹川背 サウンドトラック

あるいは「少しずつ過ぎて行く季節がいつの間にかそう思い出重ねて」

ナントカいうゲームメーカも少なくともたったひとつだけ良いことをした。最近出たらしい buggy なバージョンにはさしたる興味はないが、サウンドトラックが出たのはあれのおかげだそうである。そんなわけでもうこの際、やってもいないバージョンのゲームをもとにメーカを貶すことはやめて、むしろ称えたい気分にさえなってくる。

『旬』のころがぼくは高校生で、はじめはせいぜい友達から借りてプレイするぐらいだったが、後に自分でも入手したし、ついでにスーパーファミコン版も中古で買ってプレイしてた。思えばあのころがゲーム機のゲームにいちばん夢中だったころだ。だから両方のバージョンのゲームに思い入れがあるし、どちらの音楽にも愛着がある。聴けば思い出す。ゲームのワンシーン。うまく行ったプレイ。みじめに失敗したこと。爽快な二段ロケットジャンプ。嫌らしい敵。ゲームオーバーの画面やエンディングの歌。そのほかもろもろ。玉露園のこんぶ茶とか(笑)。うーん、我ながらこのゲーム好きだったんだなぁ、とあらためて思う。思い知らされた。

ゲーム音楽の宿命として、音楽だけが自立して主張しすぎてもいけない。目的はあくまでもゲームに奉仕すること。でもそれも没個性であることは意味しない。この音楽たちは賑やかすぎず、しかしゲームの雰囲気を爽やかにする佳曲が揃っている。このシリーズはけっこうシビアな難易度の箇所があったり、どうしても超えられなくてコントローラを投げ出したくなったり、繰返し練習をして身につく技があったりする。そんなとき、聴き飽きないこの音楽は一服の清涼剤となっていた。音楽がもっと違っていたらあるいはメゲてしまった人も多かったのではないかとすら思う。まさしくベストマッチといってよかった。


cool の訳は

Posted by 向井 淳 on Friday, 25 July, 2008

まえに書いた話のつづきだけど、あとで書くといった方ではない話。

dumb as rocks くらい慣用的なものはともかく、とかくこのテの表現というのは訳すのは難しいわけです。まじめに翻訳を試みるならもっと賢い訳を考えないといけないけど、しょせん全体的に抄訳だったら深く考える必要もなく as rocks はなんか強調してんだな、くらいで無視しちゃっていいんですよ。

まあそれもよしあしで、あまにも行間を読まなかったり、あまりにも無視する部分が多すぎると原文には存在しないことを主張しようとして出鱈目になってしまう、という可能性もあるわけですけど。もちろん、そういうのは web に公開しているいいかげんなやつの話であって、もっとちゃんとしたいならちゃんと訳すべきですが(もっとも、そういうときでも「岩みたいに馬鹿」という訳はないだろうと思ってたり……でもそう訳す流儀の翻訳家もいるか、いっぱい)。

 

行間を読むという話について。

同僚と雑談をしているときに、こういうひどい体験をしてさ、みたいなことをしゃべってたことがあったと思ってください。でまあふつうに笑ったりしてたとき、ひとりの感想が「cool」だったのね。いつもはふーんと聞き流すんだけど、ちょっといい機会だったので、いやクールでもなんでもないでしょ、クールってのは基本的にいい意味で使ってると思ってたけど今回の話はひどいって話だし、とか聞いてみた。そしたら彼いわく

「cool の訳は、なるほど」

とのこと。ここで cool! と返せれば cool だったんですけどね、ふつうに「へぇー」とか感心してしまったが(笑)。

もちろん、アメリカでは cool という単語はもう完璧に陳腐化してしまっていて、ほとんどただの間投詞と化してるということは知られているし、そのときでももうなんとなくそういう理解は持ってました。でもそこまで陳腐化していたのか、とゆーよーなかんじ。ともあれ cool なんて真面目に考えずに文脈に応じて適当に訳せばいいようなものの代表みたいなもんで、さすがにこれを「冷たい」と訳す人はいないと思いますが日本語的な「クール」ともニュアンスの違う語ですよね。さすがに「なるほど」はなかなか出てこないけど。

 

ところで、http://www.kt.rim.or.jp/~kbk/zakkicho/08/zakkicho0807c.html#D20080723-2

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某巨大ソフトメーカーの社員食堂でchicken が通じなかったのもイントネーションが悪かったのかなあ。現物を目の前にしていってるのに通じなかったし ○| ̄|_

いやそれは単に発音が悪かったのではないかと(笑)。嫌味とかではなく日本人ぽい発音だとまったく理解できない、こちらの発音から想像力を働かせてくれない人というのはいるでしょう。日本人がガイジンの日本語を聞くときだって相手の能力だけじゃなくてこっちとの相性とかタイミングとかもろもろによってまったく何を言ってるかわからなかったりするわで同じことでしょう。わたしもそういう体験がないわけではなく、結局そういうときには指差して「this one, please」だったりするわけで、ここで書いてるのは所詮その程度の話だったり。


日本の学生とインターネットのひどさ

Posted by 向井 淳 on Wednesday, 23 July, 2008

http://slashdot.jp/slash/08/07/22/037237.shtml

噂の大学の先生の述懐とそのレスをざっと読んだけど、まあ、そんなもんだろう。スラッシュドットでさっそく訳している輩は「dumb as rocks」を「岩みたいに何も言えない」を訳す超絶技巧の持ち主なので絶対に信じてはいけない。つーか英辞郎ぐらい引きなさい。ほんまに。

10年くらい英語を学んだわりにぜんぜん英語がしゃべれない、という指摘については情状酌量の余地があると思うけどなあ(まあわたしがそうだからそう思うのだろうね)。なんだかんだいって英語教育は筆記が主体だから、たとえばメールのやりとりならもうちとマシではないかと思うけど(けど……そうでもないか。定型文を知らないから)。あと英語の発音に関する話がレスにあるけど、これは長くなるので機会があったらまた別に(ようするに「正しい発音」というのは日本人は大好きなのだが案外知らなくてもどうということはなく、正しいイントネーションの方がずっと大事、という主張をしたい)。

そんなことよりも、ほかの人の

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China’s government WISHES they could control media as well as Japan is able to, and they do it so effortlessly because it’s all too often self censored.

というほうが、なかなか味わいのある名文だと思いました。


PythonやRubyにはあるけれどもJavaには欠けている要素

Posted by 向井 淳 on Wednesday, 23 July, 2008

http://www.kt.rim.or.jp/~kbk/zakkicho/08/zakkicho0807c.html#D20080721-2

ruby には first class functions はないし、キーワード引数もないし、タプルもないような。あと python に continuation てあるのかなあ。ひょっとしてジェネレータのことを言っているのかな(ってああ、訳されてない原文パートに continuation については補足がありますね。ジェネレータのことか)。あと python も ruby も、あらかじめ用意された演算子のバリエーションをオーバーロードできるだけでは?

しかもけっきょくこの論法は「Lisp/scheme こそ最強」理論につながるだけという希ガス。


本棚を買う

Posted by 向井 淳 on Monday, 21 July, 2008

考えてみれば今のところに引っ越してからまったく本棚を買い揃えておらず本が床に積まれる一方なのではないか、ということで本棚を4棹ほど購入。2つは天井まで届くという本棚(http://www.jajan.co.jp/order/ch6017/index.htm)で、のこりはふつうの180cmくらいの本棚。後者は縦8段、奥行は20cmくらいというもので、これがB6判のまんがにぴったりという優れ物。天井つっぱり本棚も収納性能はなかなかだが、オプションパーツの選び方、配置のポリシーが悩ましい。ひとつは下段に棚板を1つ追加で嵌め文庫スペースとし、もう一方はデフォルトの棚板2枚で四六判サイズに。上段はどちらも棚板を追加1枚で文庫×3+そのほか1段の構成としたが、棚板の位置をもう少し詰め気味にしたら棚板追加2枚で文庫×4にできるような気がして、まだ思案中。

ともあれ、本はまだ入りきってないしそもそもまったく整理されてないため目的物を探すのも一苦労なのだが、床に本の(あまり)積まれていない生活というのは精神的にたいへん快適であり、これでまた心おきなく本が買い足せるようになった気がする。まあわたしの持ってる本の量なんてたかが知れてますが。

しかし収納スペースはともかく整理というのはなかなか面倒で、どうしたものか悩む。


『ファイアボール』

Posted by 向井 淳 on Sunday, 20 July, 2008

ディズニーチャンネルのこちらは今週頭くらいに最終回がアップロードされてました。非常に素晴しい感動の(?)結末だったと申せましょう。たいへんすばらしかった。

しかしなんで全話ちゃんと後から閲覧できるようにしないのだろう。見直したいのだけど。 YouTube のカドカワチャンネルでも公式にアップロードしているんだけど、こちらも新しいのをアップロードするたびに前のエピソードを消してるんだよね。どうしてなのだろうか。


『ここはグリーンウッド』を見た

Posted by 向井 淳 on Sunday, 20 July, 2008

ドラマ版。うちにはテレビがないのでまったく見られないと思ったら2週間おくれで GyaO で放映されるというので見てみた。

知り合いの感想だけ事前に目の当たりにしているということもあってか、だいたい旧来のファンならふつうそう思うでしょ、というあたりを確認してく作業。しかし瞬がバレるのは男子トイレという方が面白いと思うけどなあ。

とまれ「ああ読み返したいなあ」と思わせた時点で勝ちなのだろー。


正規表現とは何か

Posted by 向井 淳 on Friday, 18 July, 2008

http://blog.bugyo.tk/lyrical/2008/07/post_59.html perl の正規表現のような複雑なことをしなくても、この設問であれば後方参照マッチをつかって

/>\(==*\)#\1~/

でいけるような。 sed/awk のようなふつうの伝統的な UNIX コマンドでも余裕でマッチ可能(Bは言うまでもなく正規表現で書ける)。ただもちろん、後方参照マッチを使うとそれは理論的には正則言語ではありません。

こういったタイプの言語が正則でないことの証明には反復補題(ポンピング補題)が便利です。同じようにして「カッコの対応が取れている」といったことも正規表現では書けないことが示せます。


さいきん読んだもの

Posted by 向井 淳 on Sunday, 13 July, 2008

マイクル・コーニイ『ハローサマー、グッドバイ』は噂に違わぬ傑作で楽しめた。といっても、中盤あたりまで、少年少女の物語はよく書けてはいるものの正直「こんなもんなのか?」という感じ。ところが、そう油断をさせておいて終盤に待つ展開が素晴しい。さらに最後の一行で「おおっ、そういうことだったのか」と思わせるのがすごくよい。

続編の I remember Pallahaxi はもう買えん状態のようですね。 amazon.co.uk にすらないのか。

フランツ・シェッツィング『深海の Yrr』は上中下の巨編だがイッキに読める娯楽大作。上巻の「予兆」パートが長く、とにかく延々と「くるぞ、くるぞ」という雰囲気を出してくるのでだんだん辟易したが、中巻あたりからは展開が加速した感じ。SFとして読んでたので、あれの正体のあたりは正直「ええーそれでいいの?」というぐらいフツーだったのでちょっとがっかりしたのだが(もっと捻ったのかと思ってたよ)、サスペンスだと思って読むとえらい驚くかもしれない。

それにしても『ハイドゥナン』にしてもこれにしても、海洋もの科学小説とアニミズムというのは何かあるのだろうか。やはり、人間にはとうてい伺い知ることのできない世界に未知の生物がうようよして相互に複雑に関係しているというビジョンとアニミズムの相性がいいということなのかなあ。よくわかりません。ただまあ、個人的には『ハイドゥナン』はかなりダメでしたがこれはその辺はフレーバーとしてうまく作品に混ぜ込めていてわりとオッケー(とはいえ伯父さんのアドバイスとか、意義があるようでまったく何の役にも立っていないような)。

あとまんが。『マップス・ネクストシート』[4]は金子が大活躍で超おかしい。げらげら笑いながら読了。ほんと長谷川センセはこういうクダラない話になると途端にイキイキとするなあ(笑)。『鈴木先生』[5]も「鈴木先生30の技のひとつ……」で不覚にも吹き出してしまった。

ハローサマー、グッドバイ
深海のYrr 上
マップス ネクストシート[4]
鈴木先生[5]