コリイ・ドクトロウ “Someone Comes to Town, Someone Leaves Town”

This entry was posted by on Monday, 21 January, 2008

Someone Comes to Town, Someone Leaves Town | マジック・キングダムで落ちぶれて

Boing Boing で有名なコリイ・ドクトロウの第三長編。『マジック・キングダムで落ちぶれて』の評価は日本では散々で、たぶん大して売れなかったろうドクトロウはこれから長編が訳されづらいんじゃなかろうか、と勝手に推測して読んでみた。これから訳されるであろうモノばっかり英語で読んでもなあ、みたいな気もしたもので。

そしたらこれがあなた、面白かったのですよ(失礼)。

物語は、一風かわった男であるアランという人物がトロントの街に引っ越してくるところで幕を開ける。彼はそれまでいろんな商売を手掛けてきて一財産を築き、トロントは半分リタイアみたいな感じであるらしい。作家になりたいといって小説を書こうとしている。そんなアランが隣近所と知り合いになり、またふとした切っ掛けでなぜか、トロントの街中にフリーの無線インターネット網を張り巡らせるプロジェクトに関わるようになる、というのがいちおう物語の主軸。

でも、このあらすじは実際のところ、大して意味があるわけではなくて、あんまり重要でもない。本書は、もっと細部のところの奇妙な感覚が心地良いタイプの話で、しかもファンタジーだし。

上の粗筋のどの辺にファンタジーがあるかと不思議に思うかもしれないけど、そこにはファンタジー要素はありません。ほかのところがファンタジー。たとえば主人公のアランは、父がで、母が洗濯機なのだ。べつに比喩じゃないよ。本当に地形の山と、家庭用品の洗濯機から生まれ落ちた。彼は7人兄弟の長男で、次男は予知能力者、三男は、四男は死者、五〜七はマトリョーシカである。四男はもともと悪さばかりをするひねくれ者だったが、ある事件をきっかけにして、ほかの兄弟の手により殺され、今はいない。

さて、そんなこんなでアランがトロントで生活をしていると、五男のエドが尋ねてくる。エドがかぱっと開くと中からはフレッドが現われ(マトリョーシカだからね)、フレッドをひねると中にはジョージが……いない。話によると、死んだはずの四男デイヴィーが復活し、ジョージを攫っていったのだという。ジョージとデイヴィーを捜す過程ではエドとフレッドもデイヴィーに攫われいなくなってしまう。このデイヴィーとアランの争いもまた物語の主軸のひとつだ。

というわけで、無線ネットワークを広める話とデイヴィーを追跡するパートがあるわけだが、これに加えて過去にいったい何があったのかというアランの回想パート、それからアランの隣人のミミという女性は背中からなぜか羽根が生えているのだけど、このミミとアラン話、さらに彼女自身の生い立ちの回想など、様々なものが入り乱れて語られだす。

そんな風にある章ではミミの回想があったかと思うと急に無線ネットワークの話になったりとあっちこっちを行ったり来たりしながら描かれるが、物語のもつ雰囲気というか趣きも少し変わる。マトリョーシカの三兄弟が駆けずりまわったりするところはコミカルに描かれてて楽しい一方、デイヴィーまわりの話はけっこう陰惨だし(デイヴィー自身が死んでしまうのだし)、ミミの回想やアランの回想で語られるのは、奇妙な出自や妙な外見を持つ人間と社会とのズレ、あるいは社会にうまく適応できないフリークたちの哀感とでも言おうか、そんな雰囲気である。粗筋にしても雰囲気にしても、ひとくちに「こんな話」とは言いづらい。けど、このそれぞれがけっこう面白く、またこのように語られることで面白さを増していると感じた。

うん、面白かった。良い作品だと思います。検索してみたら marginalia でも褒めてました。

そういえば、『マジック・キングダムで落ちぶれて』だって設定とかは悪くはなかったと思うんだよね。一般的な意味での貨幣が消滅していて、人間同士のソーシャルな評価がそのまま貨幣となっている「ウッフィー」という仕組みはなかなか面白いし、当時は「ページランクみたいな仕組み」だって書いたけど、今にして思えばウェブナントカみたいなソーシャルメディアっぽい世界像を先取りしているようにも読めるだろう。あの小説の最大の問題は、いっけんふつうの近未来サスペンスのような体裁を取っているわりにエンターテイメントとしてはまったく残念というしかない完成度だったところにあったわけで、そういう点から必ずしも万人に勧められるわけではないが、ドクトロウはもっと評価されてもいい気がしてきたね。

って、しかし読み返すと『マジック・キングダム』の感想もベタ褒めだな俺。あと「案外とふつうだ」って書いてるな(笑)。やけに褒めてるのは、たぶん周囲の評価がネガティヴ一辺倒だったのでバランスを保とうと思ってポジティブな側面しか書かなかったんだと思います。「案外とふつう」な件については……まあ、SF的な意味でなんかスゴい地平に到達したりはしませんからね。現代と隔絶した未来のわりに、ディズニーランドの片隅でちまちまとした政争をしている狭さからそう思ったんだろう。

あ、そういう「ちまちました感じ」は本書も同じなので、「SFとは広大なヴィジョンが云々」みたいな人にはおすすめできません。ま、ファンタジーですしね。

ちなみに本書も Creative Commons (表示、非営利、改変禁止)ダウンロードできる(正確にはリンク先とはバージョンが違うけど)。でもわたしは本で買って読みました。そうじゃないと読む気になれんのよなー。電子データの方が、読んでて「あれっ?」と思ったときに過去検索ができたりして便利っちゃ便利な気がしますが。

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