Archive for October, 2007

土山しげる『極道めし』[2]

Posted by on Monday, 29 October, 2007

極道たちの集う浪花南刑務所。そこでは年の暮れに密かな戦いが繰り広げられていた。それは「ウマいものを食べた経験を語りあう」という「旨いモン話」勝負。もっとも他人の喉を鳴らせた者は、年始に出る「おせち」から他人のおかずを一品ずつもらう権利を得る……。

という『極道めし』の2巻。なんせ1巻だけで、ぜんぶで7人いるキャラの5人が語り終えてしまい、いったいどうなるんだと思っていたんですが、なんとまだまだ続くようす。しかも今回は「そこで引くのか!」という感じ。

オッサンまんがらしい大味な展開ですが、そういうところとか、今巻の「塀の中のどっちの料理ショー!?」というどうでもよさげな安っぽいコピーまで含めて味わいたい佳作。『食いしん坊!』より好きかも。

1巻のトンカツ談義の異常などうでもよさとか、この2巻での袋入ラーメン語りとか、そういうあたりがオレはとても好きです。

極道めし 2 | 極道めし 1


水月昭道『高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院』

Posted by on Sunday, 28 October, 2007

つい先頃まで大学院後期博士課程に在籍していた身としては、この問題については他人事ではないところがある。この問題を扱ったブログのエントリはいくつもあって、そういうのも読んでいた。この問題について新書らしくコンパクトにまとめる本であれば読みたいものだと思って、けっこう期待して読んだのだが……。

正直に言うとたいして褒められる本ではないと感じた。なぜか。

著者のスタンスはあまりにもナイーヴであり、表現形態としてもあまりにも情緒的だ。現状をきわめて悲惨に描いているし、それは確かに事実なのだが、おかげで本としてのまとまりに欠ける。結論にいたっては「これからは利他の精神が必要だ」というものだし。確かに新書一冊で結論が出るほど生易しい問題でないのは前提としても、問題の全体像すら見えず、なんだかよくわからん本だ、という印象を受ける。

わかりやすく言えば、本書の主眼は著者によるうらみ言にあるように思える。ようは業界哀話である。だが「ではどうすればいいか」という解決策はもとより「何が問題なのか」という肝心のことがもうひとつはっきりしない。

ブログエントリなんかでもポスドクの就職難についての議論はいくらでもあり、よく炎上しているが、思うにこの問題が紛糾しがちなのはひとくちに「博士」といっても学歴や年齢、文系か理系かという違いや専門分野、あるいは性別によって現状はまるっきり違っていて、クリアな見通しが立てられないからだ。ケースバイケースになりがちだからだ。ついでに言えば、「いま、ここにいる博士」について論じるか、これからの大学院のありようについて論じるかでも書くべきことは変わってくる。

確かに、問題はここにある。あること自体は(すくなくとも大学関係者にとっては)誰の目にも明らかなことなのだが、この問題とは具体的に何なのかっていうのを語るのは、実はかなり困難な事だ。でも、だからこそ、その問題点をうまく整理して提示してくれることを期待していたんだけど。

ところでわたしの知人の一人はこの問題について、ことあるごとに博士たちを「ずいぶんと甘い人生ですね」などと揶揄していて、わたしはそれを見るたびにわりとムッとしていたのだが、本書を読んでいると確かに甘い人達というのはいるのだと少し納得してしまった。

>

博士号を取っても、何もいいことなどありません。むしろ、そのプライドのために苦しみに振り回されることのほうが多いのです。それならば、いっそ返上して、一市民として生きるのもいいかなと思ったのです。

などと主張する「堤さん」の発言にも驚いたが、これに「その手があったか!」と感心する著者はいったいどうなってるのか。すくなくとも、ここ最近の博士課程の学生で、将来は大学に職を求めることしか眼中にない、なんてやついるのか。それは能天気というんじゃないか。博士号を取っても大学のポストなんざそうそうないぐらいのことは博士課程にしばらくいればだんだんわかってくることだ。本書には、こういう無用なプライドに振り回される人たちがいっぱい出てくるのだが、そんなのは個人の問題じゃないか。

むしろ問題となっているのは、そう決意したとしても会社に就職するというキャリアパスがほとんど閉ざされていることだろう。企業からすれば職歴もない30近い人材を取るかというと、少なくとも日本はそういう構造になっていないことが多い。だから、見切りをつけたところで、けっきょくコンビニのバイトぐらいしか道がなかったりするし、その道と秤にかけたら一縷の望みに賭けたくなるものかもしれない。

そういった細かい議論をするわけでもなく、どちらかといえば個人同士のプライドのようなどうでもいいところに稿を多く割いている。確かに、長い年月をかけてまで取得した博士号がべつに必要とされないってのはショックなんだよ。でもショックであることが問題なのか?

まとめると、本書は問題のごく一面だけを切り取ってセンセーショナルな表現で書き立てているだけに思える。それは事実なのだが、だが本書を読んでもいまどのような問題があるか、という見取り図は得られない。「自分は将来は博士課程を出て大学教授を目指すんだ」と夢見ている人に冷や水を浴びせるという点では良書だが、それ以外には効能はあまりないように思う。

ついでに、この本について、肯定的に捉えているapj さんの感想と、否定的に捉えている三中さんの感想をリンクしておく。


zshの補完能力をすこし甘く見ていた

Posted by on Wednesday, 24 October, 2007

http://www.hsbt.org/diary/20071024.html#p01

うーん、まあわたしもほとんどオマケくらいな感じで AUTO_CD は setopt してますけどこれってそんな便利か? なんかさあ、確かタブ補完ができないんで cd の引数にした方が遥かに楽だったよな……アレ? 補完できてるよ?

てことでもしやと思って久々にサフィックスエイリアスを試し登録してみたら、おやおや、指定した拡張子を持つファイルが補完候補にあらわれてくるじゃないか。

そう来るか。そこまでやるのか。

っていうか、昔はできなかったよね? オレの間違い? ひょっとしてなんかものすげー恥ずかしいこと書いてたりする? サフィックスエイリアスが最初に登場したときは、「ふうん、でも補完できねえんじゃ意味ねえなあ」とか思った記憶があるんですけど……。

ま、とはいえ cd なら確実にディレクトリだけが補完候補となるわけで、その方が少し楽になる局面もあるんじゃないかなあという気がする。まあ、cdを使うのは単にクセなだけか。

ちなみにわたしのトップ10は下記の通り。これがわりと Zipf 分布に従うか、という話は前書いた

16953 ls 7735 less 7390 cd 4478 sudo 3955 make 3003 rm 2078 runghc 2039 pd 2016 grep 1819 man

うーん、まったく順位変動がないな。 ls が飛び抜けてる。そして runghc しすぎ!

ところで hsbt さんのワンライナーって sort に -n が抜けてね?


渋谷ブックファースト移転後

Posted by on Tuesday, 23 October, 2007

そういえば先日に行きましたよ。

全体的には新宿ルミネのブックファーストに雰囲気が近くなっていたと思う。いやまあ棚のデザインとかその辺のことも影響していますけど。

とにかく狭くなったので、だいたいどの分野の棚も悲しいくらいスペースが足りないことになっている。ただ、個人的な関心事としては海外文学やSF・幻想文学あたりは狭くなったとはいえ雰囲気は残している感じで、それはよかった。

コンピュータ関係は、オライリーの洋書がずらり並んでいたようなのは全滅していたのでかなり悲しいのだけど、もともと個人的にはブックファーストにはそういうのを買いにいくことはなかった(思い入れがなかった)のでそれほど残念でもない。正直、デッドスペースだったろうしなあ。

しかし、あれだけ狭くなってスペースのやりくりも大変だろうに、椅子を置いているのは意地なのかなあと少し思ったり。


アーサー・ブラッドフォード『世界の涯まで犬たちと』

Posted by on Tuesday, 23 October, 2007
>

ぼくが恋人の飼い犬と寝ているといったら、きっと変なやつだと思われるだろう。でも、それはぼくにとっていちばん困った秘密ってわけじゃない。

面白い。そして変だ。変てこだ。ケリー・リンクやジュディ・バドニッツなんかと同じ気配を感じる。いわゆるジャンル小説ではないけれども幻想小説のようなところもあるし、捻れた魅力がある。

個人的に面白く読んだのは上で引用した文章ではじまる「ドッグズ」や「スノウ・フロッグ」といった幻想味のある作品なのだが、本書にはそういった作品はむしろ少ないのは少し残念だった。それ以外の作品はといえば、現代アメリカを舞台に、日常のちょっと歪んだ一コマが描かれる。奇妙な隣人や同居人があり、少し不思議な出来事が起こるのだが、特にどうということもない日常の風景みたいなもの。

たとえばこんなのだ。「冬を南で」という題の5ページほどの掌編では、主人公は友人から無断で車を借りてドライブに行くが、途中で警察につかまってしまう。でも起訴はされずに釈放される。それだけ。もちろん読みどころはそんな粗筋にあるのではないのだけど、とはいえ読後の感想は一言で言うと「どうしろと?」という感じだった。

しかし小川さんの解説からすると、作者の本分はそちらにあるようだ。とすると個人的には少し惜しい。これらも悪くはないのだが、ノレない作品が多かった。

ただし本書のもうひとつの価値には、その小川隆さんの解説それ自体にもあると思う。「あえていおう。いま、アメリカの短編が面白い」という言いきりから始まる解説は、小川さんの個人的な思い入れや世代感覚を色濃く反映させていて「本当にそこまで言いきっちゃっていいのかなあ?」と少し疑問に感じるほどなのだが、でもだからこそ小川隆解説としては一級の面白さ。ケリー・リンクやジュディ・バドニッツなどの解説は柴田元幸や岸本佐知子によるものだから、これは冷静な分析が良いわけだが、小川隆解説はそれらとは一線を画した妙な熱さがいい。

世界の涯まで犬たちと

ところでSKKの辞書には「はて→涯」という対応関係がないらしいことに本書の感想を書こうとしてはじめて気付いた。こういう語のロストは珍しい気がするなあ。


zshでホストごとに色を変える

Posted by on Monday, 22 October, 2007

いろいろあってこのところzshに関係することをあれこれやっていたりしてたんですが、やってるうちに思いついたことがありまして。

わたしはzshのRPROMPT(プロンプトの右端に出てくる文字)にユーザ名とホスト名を入れるという設定をしています。で、ユーザ名は通常は黄色なんだけど、suしたりsudo -sしたりしたときには赤くなる、という設定にしている。これはなかなか目立ってよろしいわけです。

でもまあ、昔はそうでもなかったんだが近頃じゃ滅多にsudo -sもしないし。そうすると色が変わることのメリットがあんまないんですわ。まああんまりなくてもやっておく意味はあるんですけど、この「色が変わる」というのはほかに活かせるんではないかと唐突に思いまして。たとえば、いろんなホストで作業するときにはマシンごとに色が変わると視認性が上がるんではないかと。

でまあどうしようかな、とちょっと思っていろいろ試してみたのが次の設定です。

set_rprompt() { local host_colors md5cmd host_color user_color host_colors=(red green yellow blue magenta cyan white) md5cmd=md5 host_color=$host_colors[$(( 0x`echo -n $HOST | $md5cmd | sed -e 's/\\(.\{8\}\\).*/\1/'` % 7))] if [ `whoami` = root ]; then user_color="%{$fg_bold[red]%}%n" else user_color="%{$fg[yellow]%}" fi RPROMPT="$user_color%n%{$reset_color%}@%{$fg[$host_color]%}%m%{$reset_color%}" } set_rprompt

やってることとしては、ホスト名からMD5値を取り、とりあえず上位8ビットを取り出して数値演算で0〜6の値をつくる。色はred、green、yellow、blue、magenta、cyan、whiteという7色を用意しておいて、0〜6の値に応じて色を選び出す。あとは$fgのキーに色名を渡すという次第。ハッシュの扱いとかは適当ですがどうせ7種類のバリエーションしかないんでこれでいいか、と割り切っています。

シェル関数を使ってるのは、関数内localを使うことで対話環境の名前空間を汚さないようにという配慮です。

ああ、Linux環境ではmd5cmd=md5のところをmd5sumとかにすればいいと思います。たぶん。その辺の条件分岐は面倒くさくなったのでやめました。わたしは異なるOS環境で同じzshrcを共有したりしないと思うので。そうでない人は環境に応じて条件分岐させるといいでしょう。

てことで自ら実験台として、しばらく試してみます。でも、基本的にはわりといいアイディアではないかという気がしますね。10分くらいで書いたので、もっとエレガントに実現する方法もあると思いますが。


火とは、燃焼とは(あと最高温度の話)

Posted by on Saturday, 20 October, 2007

http://arton.no-ip.info/diary/20071019.html#p01 燃焼現象という意味では上限がありそうな。なんといっても温度が上がりつづけるとプラズマ化するわけですから、それはもう「火」が燃えているというのとは違う状態ではないかという気がするわけです。

しかしなんだな、その論法では太陽はべつに「燃えて」いるわけではないということになるなあ。そこに何か言葉の問題が潜んでいそうだ。燃焼という現象で想起されることがらとは何か、というような。

簡単に言うと、燃焼というのは燃料が必要になるというか、時間が経過によって何らかの資源が消費され(変換され)、最終的には停止するというプロセスだということだな。プラズマは燃えない。太陽は燃える。しかしまあ、いずれにせよ火ではない。火というのが酸素と結合する燃焼によって生じるもの、という定義であればだけど。

まあ本題とはさっぱり関係がないもんで、ここで書いてるわけですが……。

さて、温度がどこまで上昇するかという話については、そういえばむかしいろもの物理学者さんが書いていたなあ、と思い出して見てみたらもろに書いてありましたね。

最高温度はあるか?

# あわせて読みたい温度とは何ぞや?

というわけで(超弦理論によれば)結論は1.4169206×10^32ケルビンなのだそうです。


ドラマの働きマン

Posted by on Saturday, 20 October, 2007

そういえばいちおう原作も好きだし見ておこうってことでこないだの第2話を録画していたのを思い出したので見てみましたよ。

で、ダメでした。なんでああなんだろうなあ。

もともと『働きマン』的な労働観とかはわたしのそれとはかけ離れていて、したがってストーリーとしては肌に合わないものだというのはある。けれど、まんがとしては面白いんですよ。

でもドラマはだめだな。凄く気持ち悪い。もととなった話から、粗筋としては大した変更もないのにここまで徹底的にダメかというくらい合わんかった。褒めるべき箇所がほとんどまったくない。

何故なんだろうな。たとえば、原作だとワク外の、いわゆる「少女まんが」におけるポエムみたいなやつに相当するもの。このまんがはあれがけっこうあるんだけど、あれはこう、まんがとしてああいう風に配されると格好がつくけど、実際にしゃべると寒いなーという感じはありますよね。それがひとつの理由ではある。

あと、原作だと唐突にインタビューみたいなカットがまじるけど、ドラマでも唐突に登場人物が画面に向かってインタビューに応じるような部分があって、そこがなんかイヤ。もっとほかの見せ方があるような気がする(アニメ版はその辺はふつうのインタビューのようにいきなり場面を変えてた。あの方がマシだと思う)。ふたつめ。

新人田中がだいぶ違う。ダメなやつっぽくない。あれな、配役的にはかなりメインキャラっぽい扱いなのね。おかげでいろいろ違和感が。みっつめ。

今回でも、原作でわりと好きだった台詞がなぜかイヤな使われ方をしていたのも悲しかった(「バカ正直に怒っても面倒くさいだけ」ってあれな)。よっつめ。

ただけっきょく、一番大きいのは、今回は「由美ちゃん」のエピソードだったのだが、彼女の「一見、単に可愛がってもらうだけの女のコ」「でも本当は考えてきちんと仕事をしている人」というギャップが明らかになる過程と見せ方がだいぶ変わってて。誰よりも遅くまで仕事するとかさあ、そういう話じゃないと思うんだがな。

ああただ今回だと、堂島はかなり良かった。非常に原作ソックリにイヤなやつになっていた。あれはすばらしい。良かったのは、その辺の一部配役だけでした。

 

そんなかんじで見てたら鬱屈してきたので、ついまんがを読み返してしまった。やっぱまんが版はいいな。癒やされる。

うん、そう、前も書いたかもしれないけど、このまんがって基本的には癒しだと思うのだ。

うまく言えないけど。なんというか、まじめにちゃんと自分の仕事をするやつが正しくて、そしてそういうやつがけっきょく上手く行くという世界になっている。デキるやつはいざというときにヤルし、その姿がカッコヨくなってるわけでしょ。

つまり「つらくても厳しくても、ちゃんとやるやつがエラくて正しくて報われる」という世界観なわけで、でもそれって現実としてどうこうというより、そういう世界観に触れることで読者が癒やされるという類のものだと思うんだよね。

んーたとえば、これはどこかで誰かが書いていたけど、2巻のエピソード、40万部を突破した作家の記念パーティで、その本を売るために尽力した書店営業に作家がわざわざ礼を言うというシーンがあるわけですが、こんなことふつうありえないでしょう。でも、このシーンにはいかにもこのまんがらしいカタルシスがある。読めば、ありえなかろうがこのシーンにはついぐっときてしまう。

まじめにちゃんと自分の仕事をできるやつが正しくてカッコヨイという世界である、ってとこはドラマ版もいっしょだと思うんですけどね。それが癒しとしての機能を発揮するまでではないって感じですか。


SKK by JavaScript を少し更新

Posted by on Monday, 15 October, 2007

SKK by JavaScriptをしばらくぶりに見てみたら何か動かなくなってたりしていたのでデバッグしました。ついでに文章を少しいじってみたり。面倒なので大改造はやめることにしたけれど。

なお、動かなくなった原因は Gauche のバグでした。ソケットのバッファリングモードのやつ。flushしたら動くので実害はほとんどないんだけど、この CGI が実は Gauche だということをすっかり忘れてましたよ。そういえばすぐリリースするという話だったような気もしますがどうなったんだっけ……?

そういえば SKK チュートリアルは英数字の半角/全角が判別しづらいのと半角スペースが微妙に入っているのが見抜きづらいので、preをつけてみた。しかしあんまり変わらない予感。わたしの環境では、全角/半角は見分けやすくなったかな。


渋谷ブックファーストに行った

Posted by on Sunday, 14 October, 2007

http://photozou.jp/photo/photo_only/2380/5466750

今日が最後の営業日ということで行ってきました。ブックファーストへの思い入れについては前に書いてしまったので略すけど、ああ、まあ、そういう感じですわ。

折角なのでアーサー・ブラッドフォード『世界の涯まで犬たちと』も買ってきた。

しかしなんだな、これで本格的に「本はamazonで買う」生活に移行するかも。