綱島街道から慶應の矢上キャンパスへ至る道の途中にちっこい弁当屋がある。それが「あさば」だ。
この「あさば」は、矢上の大学院生で知らぬ者の(たぶん)いない存在感をもった弁当屋である。というのは、夜の6時ころになると、弁当をデカい発泡スチロールの箱に入れ、台車で校舎内を巡回しているからだ。
本当は、そうやって校舎内を売り歩くのはいけないことであるらしいのだけれど(そんなことをしているのは「あさば」くらいのもんで、ほかの店はやっていないし)、ともかく完全に黙認状態。
だいたい日が暮れて小腹もすいてきて「そろそろ晩メシどうしようかなあ」などと漠然と考えている午後6時過ぎころ(あるいはミーティング中に頭のなかだけ「腹減ったなー」とだけ思っているとき)、台車がタイルの床を走る、きゅるきゅるという音を聞いて「あっ、あさばが来た」と思うわけである。学生(と教員)はそのまま廊下に出て、オバちゃんが台車を押して来るのを待ち受ける。
弁当は500-650円くらい、さいきん出来たオリジン弁当やコンビニのめしよりはちょっと高いのだけど、そのぶんボリュームがあるし、なにより校舎の外まで出なくても買えるのが便利で、利用者は相当数いたと思う。
12月-1月あたりの卒論・修論時期になると、買う学生も増え、売り切れてしまうことがある。そのときは注文をすると、あとで配達しに来てくれる。とまあ、そういう仕組みである。
で、このたび「あさば」は改装ということで、いったんお休みするらしい。今日はその最後の日。再開のスケジュールを聞いたところ、5月初旬には復活するという話だったが、ただし人手の問題もあって校舎内の配送はやめることになるだろうという。
さっきオバちゃんに聞いてみたのだが、もう四半世紀くらい矢上に通う毎日だったらしい。ちなみにいつも同じ人。それなりの年の教授が学生だったころから利用していたってことだな。
残念至極であるが、これも時代の流れか。お疲れさま。
しかし「あさば」が来なくなると、大学院生の食生活はかなりドラスティックに変化しそうだ。ちょっと想像できない。
例の考えずにプログラムを書くという話について、わたしは当該記事の続きもちゃんと読んでないし、反応を詳細に見たわけではないから、似たようなことを言っている人がいるのかもしれないけれど、あそこで登さんが書いていることは Paul Graham に似ているなあ、と思った。
どこで書いてたっけ?って思ったんだけど、あれだった、「ハッカーと画家」。
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ハッカーは科学者よりももの創りに似ているのだから、メタファーを探すのは科学者よりも他のもの創りの分野からの方が良い。絵を描くことは、ハッキングに対して他にどんなことを教えてくれるだろうか。
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絵画の例からひとつ学べること、少なくとも確認できることは、ハックをどうやって学んだら良いかということだ。絵を描くことは、絵を描きながら学ぶ。大抵のハッカーは、大学のプログラミングコースを履修してハックを学ぶのではない。13歳の頃から自分でプログラムを書くことによって学ぶのだ。
とか、
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絵画から学べるもうひとつの例は、次第に詳細化しながら創ってゆく方法だ。絵画はたいてい、スケッチから始まる。そして次第に細かい部分が埋められてゆく。だがそれは、単に隙間を埋めてゆくだけの過程ではない。ときには元の計画が間違いだったことが分かることもある。 X線で見てみると、手や足の位置が動かされたり表情が変えられたりしている絵画は数え切れないくらいある。
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この点で絵画から学ぶことができる。私はハッキングもそうあるべきだと思う。プログラムの仕様が完璧であるなんて期待するのは非現実的だ。そのことをまず最初に認めて、仕様がプログラムを書いている最中に変わっていっても、それを受け入れられるような書き方をすべきなんだ。
とか、
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ハッカーが単なる実装者で、仕様をコードに直しているだけなら、溝を掘る作業者みたいに端から別の端まで順番に仕上げてゆくだろう。でもハッカーが創造者ならば、インスピレーションを考えに入れなければならない。
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ハッキングには、絵を描く時と同じように、周期がある。ある時は新しいプロジェクトに夢中になって、1日16時間それをやり続ける。別の時には何も面白いと感じられない。
とか、うむ、引用してみるとまるっきり逆だな(笑)。
彼の文章を読んで思ったのは、プログラミングについてイメージを広げるってことなんだろうな、ということだ。あそこをああして、ここをこうして、ここはたぶんこうなるとできる、みたいなイメージを持つこと。あとはそのイメージを書き下していけばいい……のだが、そのとき細部は少しずつ変化し、細かい部分が埋められていくように書かれる。そういう意味で同じことを言ってるんじゃないかなあ……と思ったんだけど、思ったほど似たことは書いたなかった、かな。
アレを書いたあとで
CNetの記事を読んだのだけど、携帯電話のメールアドレスが必要なのはフリーメール利用のケースだけなんでしょうか。
それだと話がまた変わるよね。
多重登録について、つまりフリーメールアドレスを使っていないケースでは容易に二重登録が可能になるっていうことだ。この利用法は上限を定めるためのもので、フリーメールサービスによって猛烈にアカウントを作りまくっているユーザへの対策だということになる。
それが本当にどれくらいの率か、という情報を持っているのは mixi の側なので、だから議論はできない。割合としてはごく少数だと思うが、その「被害」が大きければペイするわけだし。
「被害」について、 SNS の基盤となっている「信頼関係」を破壊するものである(ようするに自作自演ということだ)と書いて、それだけの問題であれば被害といえるか、というのは疑問ではあるのだけれど。
あと、こないだは考えていなかったのだが、アカウントが増えることによる計算機システムへの負荷っていう問題もあるね。アカウントの作成にかかるコスト、データ容量への負荷。アカウントが増えてアクセスが増えると負荷の問題もあるかもしれない(複数アカウント作成の場合、アクセスが増えたとしても微々たるものだろうけれど)。この問題については、できたとしてもひとまずこのくらい、っていう上限をこういう手法でかけるというのはえらく有効な手段かもしれない。
まあ、なんとも言えん。
ふと思うところがあり、 CSS を書いた。見た目がぜんぜん変わりましたね。
ちなみに見た目は haskell.org を意識してみた……がデッドコピーじゃないので微妙に色が違う。ビミョウ……。タイトルが赤いのはそれが理由なんだけど、微妙に気に入らないので変えるかも。
ちなみにこの日記は tDiary のテーマをそのまま拝借しており、なぜそうなっているかというとデザインを考えるのがメンドくさくなったから、という理由による。今回も tDiary デフォルトテーマからちょちょっと変えただけで、まあ大したものではない(一部はそのまんま)なのだけど、まあいいか、というくらい。
「思うところ」はいくつかあるのだけど、ひとつは Windows の見た目がヘン(なものがある)ということ。 Windows をぜんぜん使っていなかったのでまったく気付いていなかったのだが、あるときふとはてなブックマークでキャプチャされたスクリーンショットを見てみたら緑なのね。どうもあれだ、背景色がうまく解釈されないことがあったらしい。そして、そうなっているとこれがとても見づらい。
なので、そういうところがちょっとヘンでもまあいいか読めるし、っていう感じにしてみました。なってるよね。なってるといいなあ。いいんだけど。
新釈 走れメロス 他四篇
森見が近代文学の5本を題材に選び、あらたに書き起こすという短篇集。収録は「山月記」「藪の中」「走れメロス」「桜の森の満開の下」「百物語」。例によって舞台は京都だが、今回は語り口なんかも「原作」に似せてあったりするため、読後感はこれまでの作品とかなり違う。
どれもいいけど、表題作になるだけあって「走れメロス」がいい。っていうこの森見版メロスはやっぱり京大生のアホらしい爛れた友情物語であり、やっぱりまたこんなのか、と思われるかもしれないのだが。
あの「走れメロス」をうまく逆転させている面白さ、森見の(もとの「走れメロス」を意識したけれどもやっぱり例のごとくな)語りくちの面白さも、ある。けれど、オレはやっぱりこの人の書く「友情」が好きなんだな、と思ったんだな。
あれだ、『夜は短し〜』で広く世間に知られるようになって「どうせあんな女が好きなんだろお前らは」とか言われるわけじゃないですか。そりゃ作者は好きかもしれないが、森見の真骨頂は友情にあり、というのがオレの考え。『四畳半神話大系
』(→感想しかしこれぜんぜん褒めてるように読めないなあ。いちばん好きなのにすまんことだ)なんてそれだけの話だし。
オレは文学オンチなので、この5本のうち、じつは既読は半分以下である。しかしそれも今じゃ読もうと思えば青空文庫で読めるんだからいい時代になったものだ――ではなかった、そうでなくてもなかなか面白いといえば面白い。とはいえ知っているのとおらぬのでは、やっぱり解釈を楽しむという幅が減るので強くオススメする根拠は減るのだけれど(知ってたら知ってたで「なんだこりゃ」な感想を持つ人もいるだろうから、世の中というのは難しいのだが)、まあ、そこはそれだ。それでも、悪くないと思うよ。
全然関係ないけれど、いいかげん増刷されないのが可哀想なのでみんな『四畳半神話大系』も買ってやってくれ!
最近 Lingr の調子が悪くて、ブラウザで繋いでいてもタイトルの新着件数が表示されず音も鳴らないというケースがあったりした。
そんで API を使った通知ツールがあるといいかな、と思って、しかし Lingr Radar の名前を忘れていたので発見したのが Lingr Notifier。 Firefox 拡張機能。これはなかなかいいね。ブラウザの機能として作り込まれているので、外部プログラムの Lingr Radar より快適に動作する気がする。特定の room に行くときも、すでにそのタブがあったらそこにジャンプしたりするし、といったレベルの差だけど、よく出来ている。
ま、そもそもこのテの Notifier というのはブラウザを立ち上げていなくても見えるというところに利点があるわけであり、そういう意味でどこか捻れてる気がするけれど、ともあれしばらく使ってみることにする。
http://changelog.complete.org/posts/596-guid.htmlコレと
http://changelog.complete.org/posts/528-Whose-Distributed-VCS-Is-The-Most-Distributed.htmlこれをナナメ読み。あと Gauche部屋@Lingr で教えてもらったけど
http://slashdot.jp/~YamaKenZ/journal/392632とか。
うーんそんなに Mercurial がいいのか、うーん。よくわからんけど試してないからなあ。使ってみてからモノを言え感は、確かにあるのだよね。
しかし誰もかれもまっさきに挙げている「速い」っていうのも、よくわかんないんだよな。darcsは遅いと言われるけれど、実用的なレベルで遅いと思ったことがないので、速いことにも利点を見出せないのですよ。そんなことより使い方というかコンセプト(=心理的な楽さ)の方が重要でしょ。
わたしは darcs の完全にパッチベースなところが気に入っている。ロジックに一貫性があるし、シンプルでわかりやすい。一見とっつきにくいように見える人もいるかもしれないけれど、それはまやかしで、習得はとても楽だ。なので履歴管理の方が優れているとするヤマケンさんの意見は、正直よくわからない。 メーリングリストであれこれ相談するときの話だろうけれど、うーん。そんなに問題になるとも思えないんだけど。ただし両方をある程度使っていないとわからないだろうから、その点は保留する。
というわけで、別にどっちでもいいけれど(あるいはmonotoneでもgitでもbazaarでもいいんだけど)そろそろ真面目に分散バージョン管理などいかがかと思っていますがどうですか。今年の Japan Linux Conference ではチュートリアルが応募できるようなので darcs のチュートリアルなんかどうかな、と思っててまだ何も書いていない俺です。
さて、こんなのを書いてるうちに Mercurial のインストールが完了したので、Mercurialの利用を読みながら少し勉強してみるかね。
追記
チュートリアルが和訳してあったので読んだ。ガイジンらしいヘンなテンションを除くと darcs でごくふつうにできていることなので特に何が優れているとかいうことは特に感じなかった(どうでもいいけど、エクスクラメーションマークを多用する文章は胡散くさくて嫌いだ。それをそのまま訳すのも、馬鹿みたいで嫌だ)。
実際にやってみたらHGENCODING の設定をしないとそもそも動作しなかったり(最近の Mercurial を Mac で動かそうとするとそうなるらしい)、ユーザ名(メールアドレス)がヘンなことになったりしたけれど(これも設定すればいいのだろう)、まあふつう。
っていうか Mercurial って pull はあるけど push はないのか?……いや、あった。びびった。ふーむ。渡された変更は update するまでソースツリーに影響を及ぼさないのか。何かメリットがあるのだろう?
なるほど。ヤマケンさんの言う「連番」というのは、レポジトリ単位でしか生きないもののことなのか。「あいだに変更が挟まったらどうするんだろう?」って思ってたけど、そうはならずに単調増加していくのね。でもそのかわり、コミットの順番なんかによってはレポジトリによって番号はすぐ変わる。けっきょく議論する場合にはチェンジセットのハッシュ値を使うことになりそうな気がするんだが……。
現在の変更がすべていちどにコミットされてしまうのは、オレみたいな横着者には嬉しくないな。2つの内容の変更をしても、 darcs なら「今回のコミットに含めるのはどの変更ですか?」ってなる。もちろんその場合でも、隣接領域を修正すると意味的に2つの変更のものが「ひとつの変更」と解釈されることもあって、必ず上手くいくわけじゃないんだけれど、あれはあると嬉しいんだけどなー。 darcs みたいにパッチベースじゃないと無理かなー。
というわけで、ほんの少しだけ使ってみた感想だと「やっぱり darcs の方がいいよ」と(オレは)なってしまうのだけれど、それはオレが darcs 信者だからなんだろうか。基本的には大差ないような気はするが、細かいところの違いでそれでも darcs の方が気が効いているように、まだ思っている。それに対する Mercurial の利点は、まだ速い「らしい」というところしかわかっていない(確かに簡単なチュートリアルはさくさく動くけれど、たぶん速さが効いてくるのはデカいプロジェクトの場合だ)。
なんかいかにもスパムくさい HTML がメール本文のメールがあって、「む?」と思ったのは subject に最初っから [spam] というのがついていたからだ。「未承諾広告」でもあるまいに、自分から迷惑メールを名乗るものだろうか。
はてな、と思ってきちんと見てみたのだが X-Spam-Status というフィールドがあったりして、どうやら SpamAssassin が内容をチェックしてスパム判定してくれたらしい。うむ、すばらしい。
ただ、気になる点があるとすれば、オレが SpamAssassin を使っていないっていう一点のみだろう。
ヘッダを見てみたところ、どうやらこれは、送信元のメールサーバがつけたということがわかった。 Received を見つつ、メールの経路を見ると、どうもこういう流れになっているらしい。
スパム送信者 → オープンリレー → オレのメールサーバ
このオープンリレーなメールサーバに SpamAssassin が導入されており、スパムが来たらきちんと判定してくれるようになっているらしい。わーえらいねーかしこいねーきちんとスパムが来たときのことを考えて管理しているんだねー
アホか。
こういうマシンの管理者は腹を切って死ぬべきである。
そういえばふと思ったんですが、amazonのアフィリエイトは、いまはわりとふつうに amazon が出してくる iframe を使ったやつをそのままべろっと貼ってるんですけれど、あれって Livedoor Reader だと綺麗に無視されるのね。まあそれはそうだろうっていうことで異存はないんだけど、 RSS リーダで読む層のことを考えるとそっちにも親和性の高いHTMLを見せるのがアサマシ的には正しいのかもなあ。
ま、本当は ASIN から自動的に生成する記法を作ってやるのがベストなんだけど、いまはまだやってないので。まあ、それはそのうちやろう。
で、それは余談として、今日は土山しげるの『極道めし
』を紹介したい。
土山しげるといっても知らない人は多いと思うけれど、漫画ゴラクなんかでヘンな料理まんがとかヤクザまんがを描いている人だ。代表作は『食キング』『借王(シャッキング)』『喰いしん坊!』『喧嘩ラーメン』あたり。
大食い対決をまんがとして成立させてしまった現在連載中の『喰いしん坊!』もオススメだし、愛の貧乏脱出大作戦な『食キング』もわたしはかなり好きなんだけど(笑)、どっちも長いんでひとまずこの『極道めし』を勧めたい。いろんな意味で土山しげるらしさがギュッとつまった怪作だからだ。
舞台は大阪にあるとある刑務所。この刑務所では、年始に豪勢な御節料理が出るのだが、相部屋になった7人がこの御節料理の一品を賭けた争奪戦を行うっていうのが基本的な筋書き。どんな勝負かというと「ウマいもん体験談」勝負なのだ。ウマいもんを食った体験をしゃべって他人の喉をどれだけ鳴らせたか、で勝敗が決まる。
で、これがウマそうなのだ。食いつめのヤクザもんがそんなに話芸に富んでていいのか、ってなくらいである。
土山しげるは料理まんがを描いてきたけれど、どれもこれも、いわゆるB級グルメだ。『喧嘩ラーメン』はラーメンだし、『食キング』での修行は、町のその辺の店ばっかりで、高級さはない。『喰いしん坊!』にものめずらしい料理が出てくるわけじゃない。『極道めし』の場合、そもそも登場人物はようするにヤクザや犯罪者のたぐいで、そんなすごい体験をしていない。ごくふつうの料理を、ごくふつうにウマそうに食う。でもだからこそ、読者はそのウマさを想像できる。わたしは割と読んだモンの影響を受けるタチなもので、土山しげるの料理まんがを読んでいると、なんだか無性にソレが食いたくなる。お好み焼きとか、トンカツとか。
もうひとつ愉快なのは、心底どうでもいいことをアツく議論することだ。『極道めし』の個人的なハイライトはトンカツの話。なぜかみんなで「トンカツ定食はどう食うか」「キャベツにソースをかけるかどうか」などということを真剣に語りあうのである。そこでまたデカいコマをドーンと使って「みんななんぞ大切なモンを忘れとらんか?」と問い掛けるキャラがいて、なんのことはない単にカラシを使うかどうかという話だったりするわけだが、こういう心底どうでもいいことを真剣に語らうのがたいへんに愉快であり、また共感を覚える。
いや、まあ、実際どうでもいいわけでまったく無意味なんだが、こういう無意味なまんがというのはたいへんに心地良く、好きだな。
リンクしたくないので誰の話かは書かずに謎めき系で済ませますが、そういえば話題のsjisの人はかつてシュレーディンガーの猫でごく一部で話題になったかの人だったということにあとで気付きました。あのトピックは単なるフレームウォーだと思って読んでたわけですが、自分の調べる能力もまだまだですね。
でまあ気付いたのはいいことなのでいろいろぐぐってみると、ほかにも新しい進化論は提唱するわ、超弦理論にかわる新理論を提出するわ、集合論にかわる理論を述べるわで、八面六臂の大活躍中だということをいまさら知りました。うーむこれは知らなんだ。これほど各方面に業績を残された方だったとは。
で、そういうことをmixiの日記に書いたら知り合いに指摘されて気付いたんですが、「トンデモ」の定義は間違っている、と主張をしていたのには正直、度肝を抜かれました。いや、まあね、トンデモという単語って誤解を生みやすい単語だと思うので、間違った理解をされることが非常に多い。俺定義や誤解して議論を展開している人がいても、いまさら驚きはしません。氏のすごいところは、と学会の定義を引いてきた上でその定義を間違いとしていることです。ああいうのは初めて見たなあ。造語っていう概念を知っているのだろうか。
# どうでもいいけど、自分の書いた文章に「非常に重要な成果」とか「読み直すたびに感動」とか書くっていうのもすごいよなー。前者はよっぽど自信があればわかる気もするけれど、後者は……。