>
>http://www.mainichi-msn.co.jp/science/kagaku/news/20061205dde041040003000c.html
>
ほお。
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>なんと素敵なマジックリアリズム小説。
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>『四畳半神話体系』はSFだった。『きつねのはなし』は怪談。『太陽の塔』なんて単なるリアリズム小説じゃん?
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>本書はマジックリアリズムだった。
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>謎の李白老人が三階建ての路面電車であらわれ、贋電気ブランで酒量勝負をする。詭弁論部はウナギ踊りをする。錦鯉が空を舞う。古本市には神様がおり、鍋で我慢対決だ。学園祭には韋駄天コタツが出現し、パンツ総番長が正座している。
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>ところで、さすがにパンツ総番長の初登場シーンにはつい吹き出してしまった。そのような笑えるシーンはどんな読者でも一箇所か二箇所かはあるだろう。奇怪であり、愉快であり、魔術的なリアリズムである。実にすばらしい。
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>そんでもって、恋愛小説でもあった(帯にはそのように書いてある)。
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>著者自身がこの可愛らしい表紙に「
>はっきり言って詐欺ではないのか
>」などと韜晦しているわけであるが、どっこい詐欺でもなんでもなかった。『太陽の塔』などの屈折した物語ではなく(という面もあるけど)、ちゃんとふつうに恋愛小説でいい話であった。
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>これまでの作品を趣を異にするのは、鬱屈した男性主人公視点だけから描かれているわけではないということ。これがまあ、うまく物語をドライブしているし、緩急もついていて実に面白い。女性の読者は「こんな女いねぇよ」と怒るかもしれないけど。
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>全部で4編の短編で構成されていて、それぞれのエピソードもきちんと緻密に構成されていて巧いし、全体を俯瞰しても、ラストシーンに至る過程が上手くて、面白い。それに、だからこの本はこういう語りで構成されている、という部分がピタリ綺麗に決まっている(というのは褒めすぎか)。
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>いやもう、なんというか、期待していたよりずっと良かったです。満足、満足。
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>スラドの記事
>になるとは。しかし、「Lisp と言えば遅い」という印象はあんまりないなあ。むしろパフォーマンスをすごく大切にしている気がする。 LL の人とか、「処理系がちょっとくらい遅くたっていいじゃないか、スクリプト言語だもの」とか平気で言いそうだしなあ。Common Lisp はさわったことないのでちょっと遊んでみたいんですが(そんなのばっかしだな俺)。
>
>スラドには Paul Graham の影響を受けているような純朴な人もいるみたいだけど、 Lisper が Lisp を褒めないわけがないので、その辺は人によって変わるよなーと思う。あと Computer Language Shootout で比較するのはもう禁止しようぜ。いやまぁ、わかりやすくていいっていう面はあるし、たまに見ると楽しいけどさ。
>
>ヤンジャンで今、最も面白いのはもちろんハチワンダイバーですが、やっぱり柴田ヨクサルは最高だな。今週もめちゃくちゃ面白い。そろそろ単行本が出るようだけど(12/19)間違いなく買う。
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>しかしまあとにかくネーミングセンスのダサさとか、ホントもうなんというか痒くなる。このタイトル名がはじめて作中に出てきたときにはのけぞりそうになった。
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>だがそこがいい。
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>将棋まんがのアオリで「
>次回、揉むや揉まざるや!?
>」(注:ヒロインの乳を)などと入れたりする担当編集も大概で実に良いです。ふつうそういうのは思いついてもやりません。
>
>reddit 経由で
>http://d.hatena.ne.jp/lurker/20061129/1164809805
>。これはすごいなあ。笑ってしまうよ。
>
>で、ちょっと使ってみたところではけっこう使いやすいように思った。もちろんメインのエディタではないけれども、ちょっとしたことをちょっとだけ編集するのには意外といいんじゃないかな。そういう用途には vi を使っていたのだけど、俺にとっての vi のポジションにすっぽり納まりそうな……。
>
>実体は zle なので、こっそりファイル名補完ができるのも面白い。
>
>っと、当たり前だけど sudo できないよな。すると、サーバの設定ファイルとかは sudo -s してから実行しないといけない。うーん、だとすると微妙かも。
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>というわけでけっきょく使ってないのだけど、そのうち使ってみたいなあメモ。にしても zftp もそうだけど、ホントzshの人間は頭がおかしいとしか思えん。そこまでシェルでやらないでしょふつう。
>
>マイミクの人から
>http://d.hatena.ne.jp/wetfootdog/20061130/p1
>を読んでそこにコメントしたことを転載する。
>
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>つまりP2Pなんだからお互いどんなプロトコルで対話しても目的は達せられるのだけれど、そのプロトコルには両者の合意が必要なのであって、ピアを発見するためにはふつうは、トラッカーに問い合わせてピアを紹介してもらうとか、巨大なネットワークを構築しているノード群にコネクトするとかいう手筈を整えるわけで、そうしないとちゃんと共有されないよね、ということですかね。
>
>
>モテプロトコルっていうか、人間関係にはいろんなプロトコルが存在しうるわけだけど、プロトコルによっていろんなネットワークが存在するわけです(そしてもちろん、ふつう人間はいろんなネットワークに属する)。でまあ、そりゃノードがいっぱいあるネットワークにぶら下がらないと、データは行きわたらないでしょと。あとまあ、いっぱいピアがぶら下がってるトラッカーにアクセスした方が効率いいでしょとか。
>
>実に下らない比喩だけど、なんか一面の真理を突いている気がしたのでこうして書いてみた。なんか感情的な側面がすっぱり削ぎ落とされて、個人的にはこの辺をあれこれ言っている人が何を問題視しているか、ということの見通しが取れた気がする。
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>はいはいどうせオレは少ないノードしかないプロトコルしかしゃべりませんから。この際どうでもいいんだそれは。
>
>ちなみに、所詮は比喩なので少なくともひとつは重大な齟齬があるんだけど、それについての考察は読者の皆さんにお任せする。
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