>
>http://www.selenic.com/mercurial/wiki/index.cgi
> 分散バージョン管理システムのようだ。クイックスタートだけざっと見たけど、 darcs と似ている感じがした。 fast and lightweight を謳っているあたりも気になる。
>
>すでに ports には入っているなぁ。あとでもう少しドキュメントを読んでみることにする。
>
>こないだ98歳の大往生を遂げたジャック・ウィリアムスン。つい最近までも小説を書きつづけたというとんでもないじいさんですが、最新号のローカス(逝去についてはおそらく次号に載ると思う)にはちっちゃな写真が載っていて、それによれば、これまでの活動に対してロバート・A・ハインライン賞が授与されていたらしい。
>
>……で、ハインラインとジャック・ウィリアムスンてどっちが年上だっけ?
>
>どうやらハインラインは1907年生まれだということだから、生きていれば今年は99歳ということで、ギリギリでハインラインの方が年上であったらしい。年下でなくてよかったなあと胸をなでおろしたところですが、じゃっかん先輩だった作家の名前を冠した賞を受賞した心持ちはどのようなものだったのだろうか。
>
>欧米人にこういうこと言って意味あんのか知らんですがご冥福をお祈りします。
>
>というわけで風邪だったので安静に、という名目で読んだ。
>
>『イリアム』は、3つの物語が並行して進む。ひとつは古代のトロイア戦争。そこには実際にギリシア神話の神々がおり、魔法のようなテクノロジーを駆使する。視点人物は20世紀の学者だったというトーマス・ホッケンベリーという人物。ホッケンベリーはなぜか神々によって蘇えらせられ、この時代に置かれ、いくさのありさまを記録させられている。
>
>もうひとつは遠未来の地球。「ポスト・ヒューマン」によるゆるやかな支配のもと、100年という寿命が設定された人類。ファックスという転送技術でいろんなところに移動でき、ヴォイニックスという謎めいた存在にかしずかれているが、文字も喪われていて、無知なまま幸せに暮らしている。視点人物は、その文化を体現するような人物、ディーマン。
>
>さいごに、木星圏の衛星を調査している探査機(モラヴェックと総称される)。彼らは独自に知性を持ち、文化を発達させていた。一部の者は人間の文学にかぶれている。どうも火星に謎の量子擾乱が観測され、その探査に赴く。視点となるのはシェークスピアのソネットをこよなく愛するマーンムートと、相棒のイオのオルフ。オルフはプルーストの『失なわれた時を求めて』に傾倒していて、基本はメカによる宇宙探査のはずなのに、この両者の文学談義がメインになるという何とも変てこなストーリー。
>
>この3つは並行して進むのだが、しだいに少しずつ影響しあっていく。だいたい前半1/3を過ぎたあたりで、ついに火星に到達したモラヴェックたちが、古代ギリシアの戦車が空を飛んで近付いてくるのを発見、それに乗っている神みたいなのと遭遇し、いきなりエネルギーランスに貫かれて壊滅という展開になるあたりから一気に展開が加速し、読みやすくなった。一方、トロイア戦争は、最初はホメロスの描いた通りに進行していくが、やがてホメロスから逸脱していく。一方、地球のディーマンたちは「さまよえるユダヤ人」と呼ばれる謎の老女と遭遇し、世界の謎が徐々に明らかに……という感じ。
>
>めちゃくちゃ分厚いけど、読みやすいし面白かった。ただしこれは『ハイペリオン』と同じ扱いで、つまりぜんぜん終わっていない。世界の謎は徐々に明らかになってくるのだが、けっこう引きのあるところで終わってしまうのである。また、物凄い傑作かというとそうでもなく、「面白いなあ楽しいなあカッコいいなあ」というか、「ふつうに面白い」状態がずっと続く感じ。「悪くない」というと評価していないものではないけど、積極的に絶賛するのはためらわれる。けどまあ総合的には面白い。
>
>あと、マーンムートたちがとくに顕著だけど、いろんな文学の引用が多くて、たとえばシェークスピアをひとつも読んだことがない身にはけっこうしんどいかも。キャラクターがそういう引用をしゃべったり文学談義をするだけならまだいいんだけど、最終的には物語にもけっこう関わってくるし。
>
>もうひとつ特筆するべきは酒井昭伸の訳のすばらしさ。原文を忠実に訳する和訳と異なり、原文の味を理解し、それを日本語で表現するための翻訳が一貫して行われていて、とても良い。訳文についての苦慮は訳者あとがきでもけっこう詳しく述べられているが、その甲斐はあったのではないかな。
>
>ところで一部で「『イリアム』はニュースペースオペラか」問題というのがあるのだが、まぁ『ゴールデン・エイジ』がNSOなら『イリアム』だってそうだろうという感じ。道具立ては同じだからねーというところか。
>
>
>
>京フェスに行くたびに風邪をひいている気がする。11月のそろそろ冷えこもうかという時期に、旅館の大広間で深夜までだべり、眠くなったらそのままゴロ寝するというのがよくないという説が自分のなかで有力だったのであるが、今年はふつうにちゃんと部屋でふとんを敷いて寝たのに風邪をひいたので、仮説を改めねばなるまい。
>
>というわけで、
>http://karetta.jp/article/blog/oneline/007973
>。ごく自然に書くなら
>
>filter (flip notElem "kaze") "abcdefghijklmnopqrstuvwxyz"
>
>ですかね。 Ruby だとどうするか。まぁふつうに gsub か。
>
>'abcdefghijklmnopqrstuvwxyz'.gsub(/[kaze]/, '')
>
>
>http://www.virtual-pop.com/tearoom/archives/000172.html
> この人は、これまでこの問題についての議論を読んでいないようだ。そして、地球平面説の例もこの人の耳には届かなかったようである。してみると、やはり、あのページは上手くないものだったということが逆説的に導かれてしまったのかもしれない。
>
>追試なら、いくらでもやられていると思うんですがね。
>
>世界中のありとあらゆる場所で水を凍結し、結晶を生成させる実験や、水を用いた実験はいくらでもやられていると私は思いますが、違いますかね。もし、水にかける言葉が結晶の生成に影響を及ぼすのであれば、人間の会話や水から可視光で遮蔽されない範囲内の文章の文言が、そうした実験の結果にも影響を及ぼすはずではないかと思う。けれども、そのような影響についての報告はまったくない、……『水からの伝言』を除いては。その時点で何かがおかしいと思うはずだけど。
>
>そうではない、と言うことはできるだろう。上の例でいうと、たとえば非常に強い譴責の言葉ばかり浴びせた水というのはごく稀だろう。そういった事象は単に実験のミスとか、誤差として判断されてしまうかもしれない。そのためこれまでは発見されなかったのであるとかなんとか。でもその言い逃れを認めると、こちらが何をやっても相手はどういう実験をしても、繰返し繰返し、同じように言い逃れができてしまうだろう。
>
>そんなことより「それが事実だとしたら、水を使ったこれまで数百、数千年におよぶ数多くの実験・作業・治水工事そのほかもろもろはぜんぶ成立しないと思うんですが、そこんとこどうなんですか?」って言うので、なんでダメなのかな。
>
>「地球は平面だ」というたとえ話は同じことを書いているわけだ。人工衛星は現に飛んでいて、宇宙機は月や火星やイトカワに到達したりしている、すくなくとも電波などの情報からはそうであることが充分に示唆されるデータが収集されている。「地球が平面である」とすると「じゃあ人工衛星はどうして飛んで、ああいうデータを与えてくれるわけですか?」と今なら言えるわけ。
>
>ただ、
>『水からの伝言』を信じないでください
>という文章で目的とするのは、信じている人間を「呼び戻す」ことではない。ビリーバーには基本的に何を言っても無駄、なのである。また、江本某というのは商売でアレをやってんだから、あってるかどうかを検証させたりなんてことをしても無駄なのである(まぁ「ファンタジー」だそうですからね)。せめてできるのは、「ホントかなぁ」と思っている人に「ウソなんですよ」と伝えることである。ということは前に書いたが、そういう人にとっては、粗雑であっても納得がいく「実験モドキ」を誰かがやっておくことは効果的かもしれない。
>
>かもしれないけど、じゃあ、「どんな実験すんの?」という気はするなぁ。
>
>それで、その企画のなかでちょっとしゃべったことと、時間の関係でしゃべらなかったことについてちょっと別項立てて書こう。
>
>NSOではシンギュラリティ(特異点)というトピックが、まぁ、一種の共通したテーマとして認識されている(実際にはそうでもない作品もいっぱいあるけど)。でも、シンギュラリティというのは作品のテーマではないのだよね。『シンギュラリティ・スカイ』にしても『ニュートンズ・ウェイク』にしても、作者が書きたいところはほかにあって、それを成立させるための「便利な言い訳」がそこにあったので用語を利用した、というだけのことに過ぎない。そうであることは、その描写に深みがないことのエクスキューズにはなりえないのだけど、でもそれってSFに「人間が描けていない」って文句をつけるようなものです。どうも多大なる誤解を受けているみたいだけど、『シンギュラリティ・スカイ』も『ニュートンズ・ウェイク』も、基本的にはギャグというかコメディなのだし。シンギュラリティについて真面目に考察し、深い思索を得たいのであればレムを読めばいいんですよ……と思っていて、実際に会場でもそのように言ったのだけど、
>たださんがレムを読んでて
> 微苦笑した。しかし、それで正しいと思う。
>
>もうひとつ、シンギュラリティなんて真面目にとりあうようなトピックじゃないだろうと思っているというのもある。ヴィンジはマジみたいだけど、ほかの作家もどこまで真剣に考えているのか。あのシンギュラリティね、S-Fマガジンで訳載したのは私なんですが、私はナンセンスだと思っている。そもそも知性というのはそうしたものではないだろう、というのが私の考えなので(ただし、その真偽は今のところはまだわからない)。たとえて言えば、宇宙船が単にロケット噴射で加速して光速を突破してしまうSF小説があっても「アホやなぁ」と思うけど、そこのディティールが描けていないとか科学的に間違ってるとかいって怒るのは違うだろうと思う(コメディの装いをしていればなおさら)。この謂で言うとレムは「とりあえず光速を突破したとして、そうなったら何が起こるか」を詳しく描いている作家、ということになるのかな(どのように光速を突破するか、については考察しない)。
>
>あと加藤逸人さんが指摘していた単純な事実。チャールズ・ストロスが『シンギュラリティ・スカイ』を書いたとき、ストロスはヴィンジを読んだことがなかったらしい(タイトルは編集者によって後でつけられたもので、たしか元々のタイトルは『Festival of Fool』)。そういえばストロスの短編にはクトゥルー神話のミリタリーものとかもあって、ウィアードな作家の影響は明らかにあり、エシャトンもそういう「歪んだ神」ということでしかないのかもしれない、とこれは私が思ったこと。ストロスがシンギュラリティを正面から描いているのは、とりあえず『アッチェレランド』、とその続編として書かれた『Glass House』だけです。ただ、こっちの作品が優れているかどうかは私は未読なのでわからないけれど、レムを基準にしてしまうと基準に適うSF作家というのはレム以外に存在しない(ないしは僅少になってしまう)のでその辺りはむにゃむにゃ。
>
>というわけで早川から12月にも『シンギュラリティ・スカイ』の続編『アイアン・サンライズ』が出るらしいんですが、そういう期待は無用にしておこう。でも、『アッチェレランド』はいつ出るのかなぁ。
>
>というわけで
>京都SFフェスティバル
>
に行ってきたのであった。
>
>合宿開会式の伝説になりそうなぐだぐださとか、ほんと(いろんな意味で)面白かった京フェスでありました。
>
>さてそこで「ニュースペースオペラの潮流」という企画があって出演してきました。来場していただいた方々には申し分けなかったかも。事前の準備が万全ではなかったのと、最大の問題点として、出演者のうち本気に本気でニュースペースオペラは凄いとか革新的であるとかそういったことを思っている人がいないことが挙げられたかも。企画として面白くするためには、嘘でも誰かがそういう役割に徹した方がよかったかもしれません。……でもそれ嘘じゃん。まぁ、そんなようなものだということと言えるかも。
>
>ただ、日本で出版された分でもぜんぶ読んでいる物好きは多いとは言えなかったので、内容紹介とかはそれなりに良かったのかもしれないと思いました。
>
>
>http://d.hatena.ne.jp/soutaro/20061109/1163062406
> おお、ユニバーサルバイナリじゃなくても intel mac で動くのか。ほんとだ。なるほど。ところで、PDFファイルが更新されたときにはプレビューだと読み直さないので、いったん閉じて開きなおさないといけなくて手間ですが、 Mxdvi は(xdviがそうであるように)自動的に更新してくれるようなので、やっぱり TeX なら xdvi 系列の方がやりやすいということになりそうな気がしました。
>
>mixiのコミュニティで最大参加者数を誇る「mixiで使える絵文字」というコミュニティがあるのだが、この参加者数43万人というのは凄いなーと思った。現在のmixiの総IDがえーと、600万だか700万だかだったと思うので、6-7%。20人にひとりはこのコミュニティに入っている。しかもアクティブなユーザはもっと少ないわけで、そう考えると参加者の割合というのはかなり凄いことになっているんではないだろーか。
>
>しかし、おれは入ってないし、おれのマイミクシィでも入ってる人はいない(よーな気がする。確かめてないけど)。ようするに「彼ら」と「俺」のあいだには断絶があるのだなーと。そんで平均的なミクシィ利用者層というのは向こうなのだよね。
>
>そりゃもちろんわかってはいたのだけれど、なんかその断絶の度合を実感したよ。あと、いっぱいいんだなーああいうの。そりゃもちろん(以下略)。
>
>
>http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/fs/
> 。 ja.reddit にも自分で投稿したのだが、正直に言うと完成度はいささか劣ると思っている。のにあんなにプラスのスコアをもらってちょっと心苦しい。
>
>というのは、野尻ボードへの書き込みでは、「しょこたんに」と書いてあったけど、正直なところうーんどうだろう。漢字の使い方からすると想定読者は小学生? という風に思えて、この体裁を採用したことが読み手にとって逆効果にならないかな、というのが杞憂かもしれないけどちょっと心配という感じ。だから逆に言えば小中学生へ向けた文章としてはとてもよく書けていると思うんだけど、それと表現がいささか乖離している印象も、ちょっとある。その辺が「完成度はいささか劣る」と思うところ。大人なら、同じく田崎さんの
>ほかの感想
>の方がずっとすっきりと読めると思う。
>
>いや、もちろん、書かれている内容は非常に優れているのだけど。特に「実験をしなくてよい理由」についての「世界は実は平らという説」というたとえは非常に秀逸。
>
>で、例によって、はてなブックマークとかでは「意味あるのか」という疑問が投げられているが、こういうのは、今現在信じちゃっているビリーバーに効果はないのは確かにその通り。でも、そうでない人には効果があるだろうとは思う。「そうでない人」というのは、水からの伝言を読んで「へぇー」という感想を抱く人ですね。そういう人に「実は嘘なんですよ」と言いつづけるのはとても重要なことだ。で、世の中の大半は、固く信じちゃっている人でも、自らアクティブに動く田崎さんみたいな人でもなく、その間でゆらゆらしている人なのだ。
>
>それと、こういうのを信じる人を強い言葉で過剰に排斥する人もいるんだけど、いや、そういうのが身近にいたらおれも困るのはそうなんだけど、でも、ずいぶん自信があるんだなーと思う。わたしはそんなに強くはないなぁ。
>