Archive for November, 2006

darcs のチュートリアル

Posted by 向井 淳 on Tuesday, 28 November, 2006
>というのを書いていると言っていた気がするが、とりあえず数日前から >公開してみている >。どうだろうか。 >

人格がマージされること

Posted by 向井 淳 on Tuesday, 28 November, 2006
>で、野尻ボードを眺めながらふと思ったのだけど、人格のマージって、同一個人の分岐しかだめな理由ってないよね。 > >仮にAIとかコンピュータ上人格コピーが可能になったとして、さらに複数に「分岐」した多数のコピーがあるとする。それらが最終的にマージして1つの個体となり、記憶を共有できたりする、というのが野尻さんの話。でまあ、考えてみればこれはいろんなSFでよくある設定ではある。 > >で、この考え方を少し進めると、なぜ大元の同じところから分岐したものだけが統合可能でなければならないか、という疑問にすぐ辿りつく。べつにぜんぜん別個の個体でも、融合して1つの個体となっていいんじゃないかな(技術的な細部はさておくと)。 > >バージョン管理的な考え方から「人間をバージョン管理する」ことを考えると、分岐はまさにブランチであり、マージはブランチ間のマージに対応する。一方で最近のバージョン管理は分散していて、そうすると分岐をつくるのもコピーをつくるのも同じことになる。したがってどんなものとでも統合可能になっている。 > >というのは言葉遊びだけど、まあそういう結論が得られる。 > >AIや情報人格などが一般的な世界においては、してみると、人格というのは固有で連続的なものではなく、交換可能、組合せ可能であるのかもしれない。「ある人」というのはまさに「どういう体験を保有しているか」ということによって決定されるのであり、その積み重ね方が微妙に異なったり、一部が他の人と共有されるような「自分」がいっぱいいるのかもしれない。 > >ところで「他の人」って誰のことだろう? > >さて、バージョン管理というアナロジーはあんまり筋が良いとは思わないが、ひとつ重要な点を思い出させてくれる。それは「コンフリクト」の問題だ。 > >コンフリクトというのはバージョン管理の世界では、互いに矛盾するような情報のことだ。そういうものが簡単に交換・組合せ可能であれば、コンフリクトはつねに起こりうる。人間の記憶の場合には矛盾したものがあっても案外と「なんとなく」融合してしまいそうな気もするけど、もっと根本的な問題もあるんじゃないかな。たとえばある物が好きであるという人と、その物が嫌いであるという人が融合したらどうなるか。「好きだけど嫌い」などというしょーもないことにはならないような気がする(それはぜんぜん話が別)。かといって中間値になってふつう、というのもおかしい。どちらかが優先されつつ、うまいことマージしないといけないような気がする。 > >僕らが使っているバージョン管理では、そういう問題が起こったときは「人間が解決する」という素敵な解法が取られる。けれども人格のマージではそうはいかない。第三者が監査するってのもおかしな話だし、けっきょくは当事者同士が適宜、相談しないといけなかったりするのかも。あるいは「強いもの」が「弱いもの」を食って咀嚼して自分のものとするようなイメージもありかもしれない(SF的にはその方が映えそうだが)。 > >それはそれとして、「うまいことマージ」ってようするに、ありもしない記憶が合成されるというつまり記憶の捏造であるのが問題な気がするが、まあ今の人間だって記憶くらい捏造するんだし大した問題ではないか。 >

るびま 17号

Posted by 向井 淳 on Sunday, 26 November, 2006
> >http://jp.rubyist.net/magazine/?0017 > 出た。Erlang は前から面白そうだと思ってるんだけどいまだに手出しできてないんだよねえ……。 > >いや、そういう話じゃないか。インタビューとコード添削をざっと読んだ。特化命令の話も面白いです。 ERB は、まあ、 Rails 以前の人ならだいたい cgi.rb と ERB で何かを作った経験くらいあるだろうし、知っている内容でしたね、という感じでしたが。 >

ロボットアニメタイトル当てクイズ

Posted by 向井 淳 on Sunday, 26 November, 2006
> >http://hwizth.parfait.ne.jp/robot_quiz.html > うーん、超者とか、あれはロボットアニメだったのか? 前半13話までしか見なかったから知らなかった。というかよくそんだけ見たな俺。 > >で、9つ間違えました。破邪巨星、特捜機兵、魔法騎士、忍者戦士、超力ロボ、電脳大冒険、RPG伝説、超電動ロボ、思春期美少女合体ロボで9つ。超電動ロボとか間違えようのないものでいくつかトチったのは不覚ですが、こんだけ並ぶとやっぱり平常心を失なうということでしょう。いやコンVが頭に残っててねえ。 > >あとまぁ、ガ・キーンがガキーンになっていたり、ザ・マーズ・デイブレイクがマーズデイブレイクになっていたり、てあたりが気になるなあ。 >

冥王星

Posted by 向井 淳 on Sunday, 26 November, 2006
>アサヒ・コムを見ていたら >「理科年表」デザイン一新、でも「冥王星」は惑星のまま >
という記事があった。読んでみたら「惑星一覧には印をつけて残した」とある。それは(注記の内容にもよるけど)「惑星のまま」ではぜんぜんないと思うんだけどなー。
>

20日の記事だが、

Posted by 向井 淳 on Friday, 24 November, 2006
>Monad が Applicative のインスタンスでないと書いていたがそりゃそうで、 Monad は型クラスなのだった。具体的な型でないとインスタンス宣言を書けない。論文だとそういう書き方になっているのでアホなことを書いてしまった。WrappedMonad というのは、モナドを定型的にラップするための型ということだろう。実際、そうした定義で State や Writer や Reader を定義しておけば、 Wrap する必要もなく書けた。以上補足でした。 >

S-Fマガジン12月号

Posted by 向井 淳 on Friday, 24 November, 2006
> >SFM考課表 >
今号は定例のファンタジイ特集号。ふつうに読んでたんだけど、ひさびさに間にあった。
> >エレン・クレイギス「 >地下室の魔法 >」 > >本が大好きな女の子、メアリ・ルイーズは、父の再婚相手の継母にいじめられている。彼女の前にあらわれた新しい掃除婦のルビーは、彼女にふしぎな魔法で対抗する。このふたりの心の交流の描き方、面倒な魔法の手続きなどの描写が細やかで、非常に効果を上げている。 >+1 > > >ジェフリイ・フォード「 >イーリン・オク伝 >」 > >砂浜に建てられた砂の城には、トウィルミシュという妖精が住みつくことがある。トウィルミシュは城を補修し、蟹や鼠の攻撃を防ぎ、静かに暮らす。実際に波が城を崩してしまうわずかの間にトウィルミシュは生き、そして城とともに死ぬ。ある砂浜で、貝殻の中に嵌り込んでいた砂粒ほどの小さな本。そこには妖精語で、イーリン・オクと名乗るトウィルミシュの手記が残されていた……という構成のファンタジイ。本当はわずかである時間を生き、様々な仲間と出会い、わかれ、敵と戦う、そういったことが実に淡々と綴られる。とても面白いです。今号のベスト。 >+2 > > >チャイナ・ミエヴィル「 >使い魔 >」 > >魔法使いの造り出した奇妙な使い魔は、魔法使いの手を離れ、暴走をはじめる。周囲の生物や物体を取り込み自分の道具にしてしまうという不気味な使い魔がどんどん成長していき、やがて……という話。なかなか気持ち悪くてよい。 >+1 > > >全体的にクオリティの高い特集だったと思います。 > >でもまぁそれよりなにより今号は >ジャン・ゴーレ >ですよ。今回の展開は読んでてひっくりかえった。SFMでも連載を読んでる人は多くないと思いますが、とにかくある意味で仰天の展開。しかも、たぶん単行本になるとさっぱりカットされているであろうビックリな話。「永遠の森田建作」を雑誌ではじめて読んだときより驚いた。 > >いやあすごいすごい……のか?でも得点としては「全体通して」というルールでやることにしているので >+1 >かな。 > > >小角の城 >は、ようやく(本筋とまったく関係ない)果心居士の愉快な挿話編がおわったのでひとまず安心といったところ。 >-1 > > >ブライアン・W・オールディス「 >一ドルで得られるもの >」 > >うーんなんなんだこれは。スプートニクが飛ばず、米ソの宇宙開発競争がまったくなくなった世界は、リソースを中東地域の再開発に投入、いろんな問題はぜんぶ解決されてハッピーでした、という話、というかようするに「宇宙開発なんて金ばっかかかるのやめればいいのに」というオールディスの提言でした、おしまい。 > >プロパガンダにそういうことを言っても意味ない気がするけど、言い分が全然公平じゃないし、説得力もないし。これってどうかと思うよ。 >-2 > > >マルドゥック・ヴェロシティは本編の冒頭抜粋らしいから、評価を与えないことにする。 > > >

悲観的というかなんというか

Posted by 向井 淳 on Wednesday, 22 November, 2006
>うーん、しかし野尻ボードにいる一部の人は、なんであんなにAIに楽観的なんだろうか。ひょっとして、実現できるかどうかってのについて、測定精度や処理速度の問題だと思ってるのかな。 > >「力まかせに計算すれば人間のひとりくらいシミュレーションできるさ」というのはわたしの個人的な感覚としては相当にナンセンスなんですけれど、どう書いたらわかってもらえるものか。たとえば、銀河系内にある全天体の位置と速度を計測したら、もう未来永劫にわたって使える系内地図ができますよね、という話になれば、いくらでもおかしい点があるのがわかると思う。たとえば、膨大な天体をどう観測するか、どうしても観測しきれない小天体はどうなるのか、星間物質はどう扱うか、系外の天体は無視して良いか、いやそもそも系内の天体とはどういう定義か、などなど。でもこれが人間の脳味噌になると「いや、細かいことはともかく頑張ればそのうちできるでしょ」になっちゃうのかが不思議です。 > >そもそも、何が悲しくて人間をわざわざ機械がシミュレートまでして宇宙船に載せねばならんのか、というのも理解できないのです。そんなの無理かどうか以前に意味ないでしょう。完全に自律的に動作・判断するAI を登載した宇宙船、というシナリオなら今世紀中くらいにはできるんじゃないかな。それを「情報化知性」と呼ぶかどうかは、その人によると思いますが。 >

IRCの現状

Posted by 向井 淳 on Wednesday, 22 November, 2006
> >http://home.elmblog.com/blog/001013.html > いやそれ IRC@2ch の現状では? > >日本では、 IRC はたしかに閑散としている印象があるのは確かだが、それはでもべつにチャンネルによる気がする。公開されたチャンネル、コミュニティだけではないだろう。クライアントソフトを導入しないといけない、というのは、今の感覚だとナシなのかな。むしろ、それで気の効いた機能が使える方が良いんだけど、そういう人は少ないかも。 > >IRC の問題はたぶん、オープンなコミュニティを作りづらいっていうことにある。 IRC は、まずサーバに接続するわけだが、どのサーバがどういうネットワークを構成しているか、っていうことがよくわからない。どんなチャンネル名を使っているのか、ということがよくわからない。教えづらいし広まりづらい。 > >とくに後者に尽きるんじゃないかなぁ。IRCチャンネル名って、どこから教えてもらったり広めたりするといいんですかね。 > >ちなみにそういえば、 IRCnet (irc.kyoto.wide.ad.jp とか)の %haskell(#haskell:*.jp) というチャンネルでは日本の Haskeller の人たち(の一部)が雑談しています……いや、ぜんぜん人いないんで、興味あったらどうぞ。おれもたまにしか居ませんが。 > >freenode の方にある #haskell という英語のチャンネルは、常時200人くらい参加していてばんばん議論していて凄いハッカーも常駐してたりするので、良いです。やっぱ欧米では普及してるのかなぁ。あと #haskell に常駐している lambdabot というボットがまじすごいのです。 >

山本弘『アイの物語』

Posted by 向井 淳 on Monday, 20 November, 2006
>素直に面白かった。これまで発表された短編をいくつかまとめて、ヒトとロボットの間の関係を描いたようなそうでもないような長編とその挿話というかたちで仕立て上げた作品集。 > >わりとネタをわってしまうけれど、山本弘という作家は、やっぱり考証を厳密に積み重ねるところに重きを置いていないのだろう。ということは京フェスで聞いていたからそう思うのかもしれないけれど、だからこれは同じロボットテーマであるという理由で『デカルトの密室』とかと比較するのはおかしい。 >飛浩隆が「ぎゃっ」と叫ぶ >のもよくわかる。なんというか、作家の資質というか、描きたいことは、意外にもそちらによく似ている、のかも。 > >で、それは何かというと、フィクションと現実の関わりということ。仮想と現実、といってもいいけれど、やはりこの言葉の方がこの本にはよく似合う。ロボット、というのは存在とか成立ちがそもそも虚構=フィクションなもの、として定義できる。この物語はそこにある。 > >2点ほど注意を喚起しておくこと。 > >1点め。これまで発表された、ぜんぜん文脈の異なる5本の短編をうまくまとめたというのが一つの成果として言われている。それは正しい評価だと思うのだが一方、ページ数で見ると書き下ろしの短編「詩音が来た日」と「アイの物語」で全体の半分以上を占める。読了時の印象は、そちらに強く引き摺られている気もする。といっても、きちんと、それぞれの短編がそこにある意味はきちんとあるので、その点は上手い。 > >2点め。この物語の終点。これは救いなのだろうか。ハッピーエンドなのだろうか。わたしはこの物語には素直には感動できない。いい話のふりをしているけれども、疑問は残る。 > >とはいえ、「いい話のフリをしているけど実は……」という構造は、SFというジャンルにおいては「いいSF」の充分条件であるとも言える。そうであることも含めて素晴しい。 > > >