Archive for January, 2006

S-Fマガジン2月号

Posted by on Tuesday, 31 January, 2006
>追いついたかと思ったがもう3月号が出てるか。はやいな。日本人作家特集号というふれこみだが、海外作品もたくさんあって実に充実している。こうあってほしいところ。 > >夢枕獏『 >小角の城 >』 > >新連載。ま た 小 角 か という気がしないでもないが、半蔵とかが出てくるので時代背景は谷甲州のとは違うのかなと。しかし、それにしてもねえ……。 >±0 > > >小川一水「 >ハイフライト・マイスター >」 > >ニートの話。あるいは宇宙の圧倒的な孤独感と非社会性について。「漂った男」に連なる話とも言えるか。 >+1 > > >新城カズマ「月を買った御婦人」 > >存外に面白かった。最初はかぐや姫ネタかと思ったけど、そうでもなかった。 > >特に意味もなくヘンテコな設定などは特に機能してないっちゃそーなんだが、悪くない。オチがイマイチな気がする。ありきたりというか、そう終わるしかないのもうなずけるのだが。 >+1 > > >藤田雅矢「 >ダーフの島 >」 > >藤田雅矢らしい異様な生態系の短編。好印象。わかりやすいオチだけど、まあ好きですよ。 >+1 > > >牧野修「 >純潔の地に、獣たれ童貞の徒よ >」 > >DT。あるいは非モテ。秋葉系? > >まあそういうのが好きな方々が読んで論評するべきだと思ったよ。オレに向けた話ではないな。で、そういう面白がりかたをしなければ、牧野修としては水準。±0 > >スティーヴン・バクスター「 >痕跡 >」 > >平均的な読者は「えっ、これで終わり?」と驚くのではないだろうか。そのくらい、なーんにもないというか、これでショックを受ける人がいるのか?というか。宗教観の違いなのだろうか。よくわからん。 >-1 > > >ブルース・スターリング「 >ルシフェラーゼ >」 > >昆虫同士の擬人化小説。とはいえ、凡百の小説とちがってキャラクターがきちんと「昆虫」してるのがなかなかよい。さすがだ。 >+1 > > >ジェイン・ヨーレン「 >マレーシアの人魚 >」 > >豊かなイメージの奔流を楽しめばいい掌篇だったのかもしれないが、いきなり超自然に行くところで乗りそこねた感。あ、それで終わりなのですか、という感じでした。 >±0 > > >キース・ロバーツ《アニタ》「魔女」「湖畔の少女」 > >5年くらい前に載った《アニタ》の前日譚。「魔女」の、婆さんとアニタのやりとりが面白かったかな。ちょっと短すぎると思いました。もともとは併せて一本の短編だったからかもしれないけど。「魔女」のラストはなかなか良いです。どちらも >±0 > > >田中啓文『 >罪火大戦ジャン・ゴーレ >』 > >相変わらず。ひょっとしてそろそろ終盤に突入かと思いきや相変わらず。謎また謎というよりはひたすらグロ。啓文はどういう絵図面を脳裏に描いているのかさっぱりわからない。ピンク以外の各色がいつどこで出てくるのかもわからない。しかし楽しい。 >+2 > >

LINQ

Posted by on Tuesday, 31 January, 2006
> >http://www.rubyist.net/~matz/20060128.html#p01 >。ひとりあさっての方向を向いているが、ちなみに HaskellDB で書くと > >do p <- table students
restrict $ p!student_id .<=. constant 15
order [asc p student_id]
return $ p!name
> >とか(言語仕様上マルチバイト文字は使えないのでそこだけ勘弁)。 > >けっきょく、なんだかもにょるところがあるのは、 DSL を作れちゃうようなケースではそれで済んでしまうというところがあるのだろうという気がする。 HaskellDB がわかりやすいかどうかはまたちょっと別の話として。 >

CiteULike

Posted by on Tuesday, 31 January, 2006
> >http://jp.citeulike.org/ > 論文に特化したソーシャルブックマークサービスらしい。 >ヒビルテ >
経由。おれもアカウントを取ってみました。
> >しかし、論文をクリップしまくってちっとも読まなくなる悪寒。まあPDFをダウンロードしまくってちっとも読まない現状よりは幾分マシになるのではないかと思われます。たぶん。たぶんね。 > >いま手元にある論文はもう一度探し直してクリップするのが面倒なのでやってません。これから使う……かなあ。 >

知られざる emacs-lisp ネタ

Posted by on Tuesday, 31 January, 2006
> >構造化エディタ >を見つつ、そういえば >speedbar > があるのを唐突に思い出した。 > >ふだんは使ってないけど、初めて見たときには仰天したアイテムのひとつ。ちなみに emacs には標準で入っている。これがあれば、↑の構造化エディタのような、あるいはごくシンプルな IDE のような所定の箇所へのジャンプとかくらいなら簡単にできる。言語が対応してないと使えないという問題はあるけれど。 > >ではなぜ自分が使っていないかというと、けっきょく使う段になるとフレーム(ウィンドウ)が分かれて運用するわけで、ウィンドウフォーカスを切り替えないといけないのがメンドくさい。あとまあ、こんなグラフィカルな表示はなくても、バッファの切換えとか、grepとかインクリメンタルサーチとか、そゆのがあれば充分で、使わなくても大して問題ないんですよ実際の話。いっけんスゴク便利に見えるのは確かなのだが。 >

小川一水『ファイナルシーカー レスキューウィングス』

Posted by on Sunday, 29 January, 2006
>アニメと違う話じゃん! 微妙に設定が違うとか、主人公が違うとか、そういうレベルではない。登場人物に一人の重複すらない。共通項は「小松基地」を舞台にした航空自衛隊救難隊の話、というところだけ。いやはやびっくりした。どういう意図をもってメディア展開しているのかさっぱりわからん。 > >とはいえ、別に違う話だからといって怒りがあるわけではない。自衛隊の救難部隊を対象にしたアニメの小説化、ということにあたって小川一水ほど適任な作家はおそらくほかにないだろう。それに、けっきょくのところアニメ版とはまったくなんにも関係ない小説となっているのであり、したがって『こちら郵政省特配課』や『ジュエルボックスナビゲイター』などのラインに連なる、歴とした「小川一水作品」として楽しめる。 > >主人公の後輩の新米整備員という設定のヒロインとか、それなりにいかにもライトノベルっぽいところもあり、「手堅いなあ」とやや辟易しつつ思う面もあるにはあるけど、総じて言えば面白かった。 >+1 > >

海野螢『めもり星人』

Posted by on Saturday, 28 January, 2006
>エロまんが家として知られる海野螢だが、今回は非エロでSFオマージュだという。ついでに解説が梶尾真治だという。ということで興味を惹かれて買ってみた。 > >この人、むかし『風の十二方位』というタイトルの、ル=グィンとはこれっぽっちも関係のない(でも割とふつうにSFっぽい)エロまんがを描いてたりもしたので、その辺ちょっとどうなのよ?と思っていたのですが、これは思いのほか楽しめました。といっても作風はあんまり差はないのだけど、もともとそんなにエロに必然性があるタイプのまんが家じゃないのだな。 > >内容。1万4千年ほど生きている「めもり星人」のみーむという、少女の姿をした存在を軸にした、ことばとおもいでにまつわる話。幼いころにUFOを見たと主張する少年。実の兄と愛しあってしまった女性、存在しないはずの穴にはまった中年サラリーマン、心の病んだ叔母がその名をつぶやく謎の少女。それぞれが、それぞれの記憶を「思い出し」そして救われる。主人公の「みーむ」は声をかけ、介在はするものの、積極的に何かの働きかけをすることはない。ただ、言葉を操るのみだ。そういうところから生まれるある種のSF的情感なるものが確かにある。そりゃまあこの内容なら「エマノン」のカジシンに解説を書いてもらうってのもわかるな。 > >ちなみに各話のタイトルは「幼年期の終わり」に「無伴奏ソナタ」に「停滞空間」に「夏への扉」ときた。直球ド真ん中すぎますよ! しかもほかはともかくアシモフの中からよりによって停滞空間かよ! やまあオレはアレは好きだけどよ。 > >で、この本のなかでは、その「停滞空間」が一番面白かったかな。総じての評価としては「まあまあ」。カジシンの(泣ける方の)SFが好きな向きには割とオススメ。 >+1 > >

菅原健介『羞恥心はどこへ消えた?』

Posted by on Saturday, 28 January, 2006
>そういえばつい昨日、『羞恥心はどこへ消えた?』を読了したのだが、あれも似たような結論になっていた。日本人は「ミウチ」「セケン」「タニン」という三層の構造で世の中を把握する。このうち、ミウチは本当に親しい間柄なので、何かをしても恥にならない。タニンは無関係なのでちょっと恥ずかしいことをしても気にしない(旅の恥は掻き捨て論理)。羞恥心が問題となるのは「セケン」だけだ、という。この本で問題となっているのは、「地べたに坐りこむ若者は恥ずかしくないのだろうか?」という疑問だ。しかしながら調査の結果、通行人はもはやタニンなので恥を感じない。一方で周りの友達みんな(=セケン)が地べたに座っているのに自分が坐らないことの方が恥ずかしいと著者はいう。かつては地縁によって結ばれたセケンというものが今は失われていて、把握されているセケンなるものがたいへん狭い、というのは内田樹の指摘する「みんな」に呼応しているように思える。 > >という結論もなかなか面白いが(「みんな」の話はオレが勝手に言ってるだけですが)、この辺の考察は基本的には序論と最後に出てくるだけ。実はこの本で主に展開されるのは「けっきょくその羞恥心というやつはどういうものなんだ?」という話であり、むしろそっちを丁寧に解説している。てっとりばやく結論だけ知りたいお手軽な層には不服かもしれないが、この辺も含めて個人的には面白い本だった。 >+1 > >

「全体最適化」の「全体」とは誰か

Posted by on Saturday, 28 January, 2006
>……ということと >内田樹の研究室 「みんな」の呪縛 >
について絡めた議論ができそうな気がしたが、ここまで書けば読者諸賢におかれてはすでに何を言おうとしたかは了解済のことであると判断して後は略す(よーするに書くのが面倒くさくなったのである)。
>

プロレス技フィニッシュホールド

Posted by on Saturday, 28 January, 2006
> >http://blog.livedoor.jp/genteikitty/ >。MM/memo経由で発見。こーゆーのは非常に好きだ。馬鹿馬鹿しくて、しょーもなくて、一部の人にしかウケは取れないけれど、いや、だからこそ素晴しい。こうでなくっちゃ、という思いを新たにしました。 >

関数型言語勢力図

Posted by on Friday, 27 January, 2006
>2chのML/OCamlスレについ > > >ML→南斗聖拳 > >SML/NJ→南斗鳳凰拳 > > > >OCaml→南斗水鳥拳 > > > > > >Haskell→北斗神拳 > > > >Clean→北斗琉拳 > > > > >というネタを書きこもうとしたがすんでのところで我にかえった。あぶないあぶない。 > >ちなみに、なんで鳳凰拳で水鳥拳なのかということには特に理由はありません。 >