Archive for November, 2005

がーん

Posted by 向井 淳 on Wednesday, 30 November, 2005
>ふと、自分のところに検索エンジンから飛んでくる人の検索語句を眺めてみる。 > >まぁいろいろあって楽しいのですが、「がーん」という検索語句にはびっくりしたね。なんと >Google 順位2位 >ですよ。がーん。 > >そりゃまぁ確かによく使う気もするが、そんなに順位が上なのかよ……。「個人的にあんま好きじゃない」というのもあって、これも今見てみると >やはり2位 >だな。ううむ。 > >ていうかそんな語句で何を検索しようとしたんですか。 > >ちなみにココは Google 検索の方が Yahoo 検索よりずっと多いです。つらつら眺めてみると、 UNIX/Linux 系ツール(uim/scim系とかdarcsとか)の検索とか、 Haskell だとかプログラミング系の(いかにも宿題の答えさがしてます系な)検索がけっこうたくさんあり、そういう系統の人は Yahoo より Google を使うってことだろうと思います。 >

Iconv を試す

Posted by 向井 淳 on Wednesday, 30 November, 2005
>そういえば、前にさかいさんが iconv を呼出す Haskell モジュールを作ってたなぁと思い出し→ >http://www.ruby-talk.org/cgi-bin/scat.rb/haskell/haskell-jp/403 >使ってみた。 > >折角なので、テストする際に cabal なパッケージをデッチ上げてみた。手元だけで動くのはさほど難しくなく一瞬で出来てしまうのだが、 cc-options とかの設定をチェックさせるのが面倒くさいけど、まぁ細かいことは気にしない方針で。 > >デッチ上げ方ですが、次のような内容の Iconv.cabal というファイルを用意し、 > >Name: Iconv
Version: 0.1
Author: Masahiro Sakai
Category: Text
Build-Depends: base, haskell98
Synopsis: Iconv interface for Haskell.
Exposed-modules: Text.Iconv
cc-options: -I/usr/local/include
ld-options: -L/usr/local/lib
ghc-options: -fglasgow-exts
extra-libraries: iconv
> >Text というディレクトリを掘って Iconv.hsc をそこに配置。個人的な趣味で Text.Iconv にしているので、 Iconv.hsc のモジュール名も Text.Iconv に変更。んで次の2行を含む「Setup.hs」を作成。 > >import Distribution.Simple
main = defaultMain
> >んで、 > >$ runghc Setup.hs configure
$ runghc Setup.hs build
# runghc Setup.hs install
> >でインストール完了。普通のプログラムで ghc -package Iconv できます。サンプルコードは、 > >import Text.Iconv
import Maybe
main = list >>= return . fromMaybe [] >>= mapM_ putStrLn
> >とか、 > >import Text.Iconv
import Data.Char
main = do fileData <- readFile "test.txt"
mapM_ (chr.fromEnum) $
fst $ convert "UTF-8" "EUC-JP" $
map (toEnum.ord) fileData
> >とか。ふむ。 >

味噌汁の人

Posted by 向井 淳 on Tuesday, 29 November, 2005
>2chの「一人暮らし」スレッドで、とにかく何でも買ってきて味噌汁にしている人がいて、なかなか愉快。 > > > >砂肝を買ってきたけど赤いのが恐くなって味噌汁にしてみた >

> >
> > >レバーの処理がわからずに味噌汁 >

> > > >
>解凍エビをとりあえず味噌汁で >

> > >
> >いろんな意味でパワフルだ……。僕は心が弱い人なので、ついついレシピとかを調べてしまいます。最近はなんでも web に転がってるしなぁ。スレの住人の反応も含めて楽しいです(僕は見てるだけの人なので探したりしないように)。 > >しかしなぜ味噌汁? 他のおかずはどうしてるんだろう? 具だくさんの豚汁みたいな味噌汁を仕上げて、これだけおかずにして食べるのかしら。いろいろ謎です。 > >最近はしかし、味噌汁を作ることは滅多になくなりました。味噌汁ごときで鍋がひとつ占拠されてしまうのが手痛い。 >

肉の日

Posted by 向井 淳 on Tuesday, 29 November, 2005
>ぐげっ、まだ10日くらいあるからいいやーと思っていたら、気がついたらもう肉の日ぢゃないですか。 > >小さなバグを叩き潰して 0.5.0 をリリースしました。 > >ちなみに ports は更新のバグレポートを送付済。でもうっかりミスって misc カテゴリでポストしてしまいました。とほほ……。一緒にポストしたscim-anthy の方は速攻でコミットされたけれども、はたして scim-skk の明日はどっちだ。 > >2chで指摘されている「スペースキーを押してもスクロールされない」問題は前々から認識はしていて「なんでじゃろなぁ」と思ったのですが、リリース直後にふと怪しい箇所に気付いて見てみたら確かに原因とおぼしき場所はわかってしまいました。これ潰すのはアホみたいに簡単なんですがさてどうしたものか。今更のリリース差し替えは面倒くさいし、 0.5.1 をリリースするか。他にも不具合が報告されているので、まとめて修正して石の日あたりにでも。 >

ふつうの Haskell プログラミング

Posted by 向井 淳 on Tuesday, 29 November, 2005
> >http://i.loveruby.net/d/20051129.html#p01 >ああやっぱ青木さんも本出すのかぁ。 > >ううむ、同じよーな時期に同じよーなコンセプトの本がいくつも出ても、無駄に競合するだけという気がするよな。それを見越していきなりモノスゲー内容の本を出した方が読者にとっては嬉しかったりするのかもな。いや書く方は大変でしょうが。 > >さてはてふふん(はてふふん) >

反対の立場から

Posted by 向井 淳 on Monday, 28 November, 2005
>ちょっと逆の立場から考えてみよう。ここに一冊の本がある。この本によれば、 >1つ >5つのパンと >1尾 >2匹の魚で >6000 >5000人の腹を満腹にしたであるとか、一夜にして世界が水没しただとか、死んだ人間が3日後に生き返っただとか、驚くべきことがたくさん書いてあるのだ。それだけでも信じられないが、この本は世界中で愛読されていて、特に欧米では道徳教育と分かちがたく結びついているのだ。もちろん、欧米人のみんながみんな、こういったことが実際に起きたことだと信じているわけじゃなくて、これはある種のそう、比喩だと思っている。けれども、結論としてこの本に書かれた思想はすばらしいものなので、むしろ積極的に道徳教育に使うべきだと思っている欧米人は多い。とんでもないことだと思わないか。結論が正しければ科学的に誤っていることを教えてもいいのだろうか? > >もちろんこれは聖書のことだが、このように取り上げるとわかるように、ありようは『水からの伝言』と非常によく似ている。では、キリスト教は問題ではないのか。問題でないなら「水伝」は何が問題なのか。 > >キリスト教は(それなりに問題があるにせよ)、それほど大きな問題ではない。すくなくとも「水伝」とはありようが異なる。なぜか。 > >第一に、それはキリスト教が宗教であり、「水伝」はニセ科学だからだ。 > >江本インタビューにもあるように、「水からの伝言はポエムだと思う。科学だとは思っていない」と江本は主張している。にも関わらず、「科学的に証明されていくと思う」という主張があって、実のところは「現代科学では証明されていないけれどもきっと正しい科学っぽいナニカ」を装っている。これが実に狡猾だ。何が狡猾かといって、そうすることで科学者の批判を封殺しているのだ。科学者はどんな批判をしようと「今は科学ではないからね。これから証明されるでしょう」と言えばいいからだ(普通は証明してから発言するのだが)。また、自身では「宗教ではない」と言いつつ「祈りによってハリケーンを消すことができる」という主張しているのも冗談じゃない。 > >もちろん、宗教には宗教の問題があるわけで、ニセ科学じゃなくて宗教だからいいというわけではないだろう。が、まあ、水が心を理解するなんて思っていないけれど、でも何かに向かって「ありがとう」と語りかけることが自分の心にとって重要になる、と言われたら、「そりゃまぁあなたはそうかもしれませんね」というしかない。鰯の頭も信心というし。水の結晶も信心、というところかな。あっ、これ、「旗を掲げる」のキャッチフレーズにどうかな。 > >もうひとつ指摘することがあれば、聖書の超常的な描写と、現代的なキリスト教の道徳観はすでに切り分けられているということだろう。キリストは3日後に復活したから敬われているわけではなく、「汝の敵を愛せ」といったような思想によってキリスト教はここまで広まっている。『水からの伝言』では、「水が綺麗な結晶を作るから」という、非科学的な部分と話の根拠が分かちがたく結びついている。だから道徳に使うのには反対したいのだ。 > >というところかなあ。 >

AERA買った

Posted by 向井 淳 on Monday, 28 November, 2005
>『水からの伝言』関係の記事目的。内容は、まぁ >菊池さんのブログ >
を愛読している僕らからすれば、とっくに知っていることばかりという言い方もできるかも。しかし2ページだし、コンパクトによくまとまった記事だと思いました。
> >道徳を語るのに「水が綺麗な結晶を作るから」というのはまったく理由になっていないと思っている。そんなことを拠り所にしなくても、「ありがとう」という言葉はいい言葉だろうし、道徳の教育をする必要があるだろう。というのが僕の個人的な意見です。 > >でまぁ、記事じたいは「なかなかよく書けていますね」という感じなのですが、この記事のポイントは『水からの伝言』の著者である江本氏のインタビューが掲載されていることで、これがかなりスゴい。言い尽くされていることだけど、やっぱりついツッコミを入れたくなるので、一部を抜粋しつつコメントを残す。 >
> >科学で分かっていることはほんの数%。95%は分からない。今後、周りの研究者によって科学的に証明されていくと思う。 > > >確かに科学で万物が解明されているわけじゃない。それが何%なのかも僕は知りません。けれど、『水からの伝言』の内容はすでに100%が解明されている。それをひっくりかえすのにはそれなりの言葉を費して、何が足りていないのかを説明しないといけないだろう。 > >自身で科学ではないと明言しておいて「今後は科学的に証明されるかも」という逃げを打つのは卑劣な説明でしかないと思う。 >
> >撮影者には、こういうことを水だという情報を与えている。水は心の鏡だという。撮影者の意識が働いてきれいなものになるということはある。それは別に非科学的ではないと思う。量子力学の世界ではそうなっているようだ。 > > >……えーと、撮影者の「綺麗なものが写るハズ」という考えなどが意識的/無意識に作用していると認めてますよこの人!? ええー? 「量子力学の世界ではそうなっているようだ」もポイントが高いです。ようだ、って。とりあえず量子力学=なんだかよくわかんなくて意識とかも絡んできて難しそうなもの、というイメージがあって、とりあえず量子力学言っときゃええやろとでも思っとるのかなあ。 >
> >波動の理論は、僕の中では常識。著書に書いた「体内にある108の元素が108 の煩悩に対応している」ことも常識だ。常識を発表していけないことはない。 > > >えーと、自然元素は108個もないし、体内にある元素はもっと少ないし(この人は自分の体内にウランとかがゴロゴロしていると思ってるのだろうか?)、逆に元素の数自体は今じゃ108よりずっと多いですが何か? というかもうどこからツッコミを入れたらいいかわかんないですよ……。 > >もちろん、常識でないからといって発表していけないことはないので、江本の常識であるかどうかは正直、どうでもいい。 > >まぁでも、どっちかというと、真に受けて(かどうかはさておき)学校の情操教育に使っちゃう層とか、つい映画の主人公に「水は生きてるんだ」とか口走らせる映画製作者とかの方が問題大きいかも、と思わないでもない。 >

++といえば

Posted by 向井 淳 on Monday, 28 November, 2005
>なんというか、「++ありき」で話を進めているのがまったく不可解というか面白いというか。あんたらそんなに++欲しいですかと苦笑したくなります。発想が逆になっちゃってるんだよね。「なんで++がないんだ!」という。 > >まぁ欲しい人にとって++が必要なことはあまりにも自明なことなんだろうけれど、逆に「なんでわざわざ++を追加するか」という説明方法でないと、説得はできないだろうな。 > >僕も Ruby を学びはじめた当初は++がないことに激しい違和感を感じたものですが、ま、なくていいんじゃねぇかな。 >

仮面ライダー THE FIRST

Posted by 向井 淳 on Sunday, 27 November, 2005
> >もうやだとか言っておいて >、けっきょく渋谷のレイトショーで見てきた。 > >想像以上の超映画でぐったりした。なにか物凄いものを目のあたりにした気分だ。 > >おおむね感想は >風野さんの書いたこと >に100%くらい同意するのだが、一言だけ補足をすると、この「私たちって赤い糸でつながってるのかも」という女の発言、脚本家はイイ場面だと確信しているのですね。風野さんのこの描写からはそこまではとても読みとれませんというか、次のカット(男の側が泣きながら女に泣きつく)になるまで私はサイコホラーだと確信してたですよ。というか今でも理解不能なんですが。 > >ところで、これを見ていて井上敏樹という脚本家の本質がそろそろわかってきた気がする。いやそれは実は響鬼の路線転換と映画版を見たときにわかったのだけど、この映画を見て確信を深めた。この人、場面は描けるけど、物語は描けない人なのだ。 > >個々の場面は、その場では(多少の不自然さはあるが)いちおう成立しているのだけど、どうしてその場面になったのか、なぜそうなるのか、ということがまったく描かれていないのだ。個別の場面場面は描かれているが、そこに至る過程が描かれないというのはつまり、場面をつなぐ展開がないということであり、物語としては成立していない。 >ウィキペディアの井上敏樹の項 >によれば >
> >「シナリオは映像のための設計図に過ぎない」が持論で、脚本ではそのシーンの大意を示すにとどめ、セリフの解釈(そこに込められた登場人物の感情の機微など)などの詳細は演出家や俳優・声優に委ねるという執筆スタイルをとる。 > > >というのが本質的なんだろう。確かにテレビの30分番組では、あまり細かい指示をしたって仕方ない場面もあるし、シリーズ構成とか様々な問題の中で脚本は変えていくことになる。その中で自分のできることをきっちりやる、という意味でこの持論は正しいと思っている。けれども、このスタイルは、普通の意味での映画にはまったく向いてないんじゃないだろうか。 > >それから『水からの伝言』ネタにも頭を抱えた。どいつもこいつも大真面目に信じていて、本郷が洗脳を脱するのが水の結晶というのも頭が痛いのだが、「綺麗なものを見ると水は性質を変える。人間が綺麗なものを見ると〜」という発言は、かなり危ないところがあるんじゃないだろうか。 > >この映画の仮面ライダーこと本郷猛は、「美しいものを守るため」に戦うのである。いちおう作中では「あなたにとって美しいものとはなんですか」と問われ「命です」と答えているのだが、ほとんどこのシーンが言い訳になっているというレベルで、この男は基本的に自分の愡れた女のために戦っているとしか思えない。『水からの伝言』で、著者たちが「水はありがとうというと美しい結晶になります」というトンデモない発言をしているのに対して「美しいイコール善なのか」というツッコミがよくなされているのだけど、このツッコミは著者や信者たちにはツッコミであると理解されてすらいないのだろうか。この映画についていうと、基本的に美しいイコール善なのである。これは恐いことですよ。本郷にはショッカーと戦うという発想はこれっぽっちもない。ショッカーの世界征服なんてどうでもよく、彼はただひたすら「美しいもの」のために戦う。勘弁してほしい。 > >白倉プロデューサーや井上氏はかねてより「正義の味方なるものに対する疑念」がヒーローものを描く動機になっている(白倉伸一郎『ヒーローと正義』にその辺のことが延々と書いてある)。けれどもこの映画は単に超人的な力をもった改造人間が好き勝手やってるだけの映画であり、その「疑念」を描くにいたっていない。そもそもヒーローの側が「正義」を体現していないし実践していないので、疑念を呈しようがないのである。一方でヘビ怪人が象徴される「ショッカーにもいいやつはいる」というエピソードを体現するんじゃないかと思うのだが、こちらもこれは物語の処理が下手すぎて、まったく共感が湧かずに、この二人がただの馬鹿かショッカーの被害者でしかなく、つまり「悪」の側でも異議申し立てをするほどではない。 > >というわけで、一言でいって「まったくわけがわからない」映画だった。顕微鏡のツマミは捻じ切る前に焦点がぼやけるからそんなことにはならないはずだがよくわからない。一文字隼人が恋人そっくりな理由もいまいちよくわからない。リジェクションがおさまった原因もわからない。要所要所で水の結晶のカットが入るのもわけがわからない。わからないことだらけである。 > >これだけではなんなのでよかった探しをしてみようか。 > > >主人公のアテレコ。特に交通事故のシーンの「ヤー!」という掛け声はやけにカッコいい > > > >殺陣は基本的にかなりカッコいい。でもバイクでバトルするシーンはさすがに失笑した > > > >出淵裕によるリファインされたスーツデザインは無茶苦茶カッコいい > > > >変身シーンはまったくご都合主義だが、けっこう好きだ > > > >マスク着脱のシーンも好きだなぁ。特にクモ怪人 > > > >ライダーキックもかなりキマってて良い > > > > >うーん、これくらいかなぁ。基本的に特撮やアクションはヨイということです。 >

さらに観光地化したアキバ。「最近の秋葉は居心地が悪い」とも

Posted by 向井 淳 on Friday, 25 November, 2005
> >http://www.akibablog.net/archives/2005/11/post_161.html >という記事。これを見て思うのは、「歴史は繰り返す」ということだったりする。 > >そもそも、18禁ゲームであるとか萌えアニメであるとかが流行ったり、ゲーマーズのデカいビルが建ったり、諸々の90年代末には、「心ある」秋葉原の人たちは眉をひそめて「なんだあの連中は」と言っていた。 > >で、その眉をひそめていた連中が全盛だった時代には、電子工作を趣味とし、ハンダごてを操り、チップを購入していたやつらがやっぱり「なんだあの連中は」と言っていた。 > >で、電子工作全盛の時代には、真空管を買っていたようなオーディオマニアとかが、やっぱり「なんだあの連中は」と言っていた。 > >えーと、以上はどっかの誰かの受け売り。 > >そもそも「聖地」であるとか、おたくにとって居心地のいい街であるとかいうことじたいが幻想なのだろうと思う。そりゃまぁ素行の悪い連中がいるのはよいことではないのだけれども。 > >歴史ということについていうと、今でも数こそ減ってはいるものの、今でも真空管を取り扱う店はあり、チップを取り扱う店はあり、PCのパーツショップもある。今のおたく的な店も、残るところは残るけれど、そうやって街並みは変化していくだろう。そういうものじゃないかな。 > >個人的には秋月電子と千石電商がつぶれてなければとりあえずそれでよし。 > >まー秋葉原には思い入れがないので他人事なのですが。 >