Open Source と wikipedia の違い
>で、 Open Source との違いだが、というかこの発言、 PDS とかフリーソフトウェアとかと Open Source がごっちゃになっている気がする。いやこの文脈ではごっちゃにしてもいいのかもしれないけれど。ようはバザールモデルという事ですね。
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>Open Source のバザールモデルとの違いについて述べると、コミッタの存在が全然違うというところにある。 Open Source では、(普通は)ソースコードに変更を加えることのできるコミッタという存在がいる。これは個人かもしれないしチームかもしれないし、なかにはコミッタの中からコアチームメンバなる調停メンバを選出するような大規模なところもあるが、ともかく、誰でもソースコードに変更を加えることができるわけではない。
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>いや、誰だって閲覧し、変更してもいいのだが、変更した結果はいったん(メーリングリストなどを介して)コミッタに伝えられ、コミッタがその変更点の妥当性を判断し、妥当であれば取り込むし、そうでなければ理由を述べて却下するようになっている。誰でも編集し、コミットすることのできるという利点をもつ wiki とは全然違うと思うわけ。
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>もちろん、その昔のパブリックドメインなソフトまで遡れば wiki との関連性について言うことができるかもしれないけど……。比喩として、あんまり正しくない気がする。パブリックドメインからオープンソースに切り替わったように、 wikipedia それ自体ではなくて、その反省に立脚した何かなら上手く回るのかもしれないけど、それは wikipedia の可能性についてどうこう言うものではない、と思う。
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>じゃあ単純に Open Source の方法論でもってコミッタが集まって、議論用のメーリングリストと wiki も用意して、じゃあ膨大なコントリビュータが集まってまともな百科事典ができるかというと、たぶんコントリビュータが全然集まらないで失敗するだろうな、という風に個人的には考えるけれど、それがどれくらい正しいか、は僕は知らない。
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>(1/28追記) ところで GNUpedia とか Nupedia とかいうプロジェクトがあることを知った(→
>wikipediaのNupediaの項
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が詳しい(笑))。ただし、これがバザール的に作られていたのかどうかはよくわからない(プロセスの最初に assignment なるものがあるから違うのかも)。詳しい経緯はよくわからないのだけど、現在はすでに Wikipedia に合流しちゃって、プロジェクト自体は現存しないみたいだ。 >
が詳しい(笑))。ただし、これがバザール的に作られていたのかどうかはよくわからない(プロセスの最初に assignment なるものがあるから違うのかも)。詳しい経緯はよくわからないのだけど、現在はすでに Wikipedia に合流しちゃって、プロジェクト自体は現存しないみたいだ。 >
